慢性的な手足のふるえ 超音波治療で改善するケースも
はしやペンが持ちにくい、人前に出るのが恥ずかしい――。慢性の手足のふるえで、日常生活や仕事などで困っている人は少なくない。治療を受けずに自分流で対処して過ごしているケースも多い。ふるえの診断や治療法は進化しており、専門医による正しい診断や治療で改善することも増えてきた。治療などを助ける医療機器やアプリなども登場している。
大阪府吹田市在住の会社員、I・Hさん(63)は、若い頃から「本態性振戦」という病気で生じる両手のふるえと付き合ってきた。薬も飲んでいたが効き目はいまひとつだと感じていた。
そこで、2020年7月、大阪大学病院の医師らが実施する「MRガイド下集束超音波治療」を受けた。超音波で脳の中で異常な信号を発する組織を壊す方法だ。治療後はコーヒーをもつ手がふるえない。利き手の右手のふるえがなくなり、「コンプレックスがなくなった」と話す。
MRガイド下集束超音波治療は、イスラエルの医療機器メーカー、インサイテックが開発した技術。外科手術のひとつでメスの代わりに超音波で、ふるえを起こす脳の部位を壊す。本態性振戦には19年に、パーキンソン病では20年に保険適用された。全国で10以上の病院が取り入れている。
ふるえは、自分の意思にかかわらず体がうごく「不随意運動」のひとつだ。寒さや緊張によるふるえは誰にでも起こることだが、なかには生活に支障をきたすふるえや、他の症状を伴う進行性の病気の場合もある。
病気によって、薬や外科手術など治療の方法が違う。阪大病院の神経内科で診療にあたる梶山裕太医師は「甘く見ずに専門外来か、脳神経内科を受診してほしい」と助言する。
患者数が多いのは、本態性振戦だ。10~40人に1人発症するとされる。若い頃に発症する人も少なくない。コップを持つなどの動作にともなって手足や頭部がふるえることが多い。小脳などの脳の部位の異常が原因とされている。ふるえ以外の症状はなく、ゆるやかに進行する傾向がある。
本態性振戦の場合は、β遮断薬、抗てんかん薬などの薬の服用である程度コントロールできる。日常生活や仕事に支障がある場合や、精神的に影響が出る場合などは治療を始めるとよい。宮崎大学の望月仁志講師は「若い世代にこそ受診してほしい」と話す。
高齢になって発症する本態性振戦は進行が遅く、生活に支障が出ない場合もある。治療するかしないかは、本人の希望なども合わせて判断することが多い。
ふるえが出ることが多い進行性の病気の代表例は、パーキンソン病だ。特定の神経細胞が死んで起こるとみられ、安静時に起こるのが特徴だ。ほかには、バセドウ病や小脳障害などでもふるえが出てくることがある。まずは、正しく病気を診断してもらい、適切な治療を受ける必要がある。
薬でふるえが止まらない場合は外科手術をするケースもある。ふるえを引き起こす視床という脳の部位に電極を刺す「高周波凝固術」や、ふるえを電気刺激で抑える装置を体内に埋め込む「脳深部刺激療法」などがある。本態性振戦とパーキンソン病では、MRガイド下集束超音波治療などのメスを使わない外科手術も普及し始めている。
外科手術は入院などが必要だが、ストレスの軽減や仕事の効率向上などふるえの治療で得られるメリットは大きいという。
治療とは別に、どのふるえでも共通して使える日常生活の工夫も有用だ。阪大病院の梶山医師は「なるべくストレスを軽くして、笑いや楽しみを取り入れるとよい」とアドバイスする。本態性振戦やパーキンソン病のふるえは、緊張で症状が強くなる傾向がある。好きなことをしてリラックスしている時はふるえが治まる例も多いのだという。
多くの人が困る文字を書く作業も、太めのペンなどを使うと改善することもある。手のふるえが伝わりにくいスプーンなども発売されており、自分に合った器具を取り入れてみるのも手だ。今後さらに選択肢が増える可能性もある。
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診断受けない人も多数
インサイテック社の日本法人が患者に実施した調査によると、医療機関の診断で多かったのが本態性振戦(20%)やアルコール依存症(約13%)だった。「疾患と診断を受けていない」と答えた人は約36%にのぼった。
受診を促す取り組みもある。宮崎大などは、簡単な操作で本態性振戦、小脳障害、正常の3つに分けるアプリ「ふるえAI」を開発し、無料で公開している。判定精度は7~8割で医療機器としての承認は得ていないが、受診のきっかけになりそうだ。
(スレヴィン大浜華)
[日本経済新聞夕刊2020年12月16日付]
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