演じることは生きるすべ のん、6年ぶり実写映画主演
女優・のんが6年ぶりの劇場公開実写映画に主演した。朝ドラのヒロインで国民的な人気者に。事務所からの独立騒動を経て、「演じることは私の生きるすべ」と決意を新たにしている。
「何年ぶりかの主演映画。大九(明子)監督に呼んでいただいて参加し、心から喜びでいっぱいです」。先月、東京国際映画祭で「私をくいとめて」(18日公開)が唯一の賞である観客賞を受賞すると、スピーチでうれしさを爆発させた。
主演としての撮影は「やっぱり楽しいなぁと思った」という。「一日中(撮影)現場にいて、ずっと役のことを考え掘り下げることができる。もちろん撮影前から人物像を構築していくわけですが、本番になって生まれてくるものも日々ある。そうした新たな発見で役がさらに生きてくる。自ら演じてそれを実感できることが楽しい」。ゆっくりと、強い意志を感じさせる口調で熱い思いを語る。
「私をくいとめて」で演じたのは、想像力豊かな31歳のみつ子。彼女は脳内に自ら生み出した「A」と呼ぶ相談相手とおしゃべりに興じ、気ままなおひとりさま生活を満喫している。悩みさえ自己完結する平和な日々は、年下の営業マン・多田くん(林遣都)に恋することで一変する。綿矢りさの原作小説の映画化だ。
不器用な主人公
「原作を攻略本にして読み解いた」というみつ子像は「他人に感情をかき乱されるよりも、自分を理解してくれるAとおひとりさまに浸っていたい人」だ。「頭の中でいろんな思考が渦巻いていて、状況や相手の気持ちを考えすぎちゃう。でも多田くんの可能性に賭けて一歩踏み出す。はた目には短所に見えるみつ子のダメで弱いところが好き」
不器用な女性のラブコメだが、はっとする場面がある。温泉に出かけ、女性のお笑い芸人が舞台の上で客からセクハラ行為を受けるのを目撃する。みつ子は怒りに震えるが、何もできない。
「困っている人がいるのに手を差しのべられない。『迷惑かも』『雰囲気を乱す』『勇気がない』。いろいろな思いがあると思う。(この場面を見て)閉じ込めていた過去の記憶が引きずり出されてしまう人も結構いるはず。男女問わず共感度の高いシーンだと思うから大切に演じた」
「のんさんは怒りの表現が見事。柔らかい空気を漂わせていながら、内側に高温のマグマみたいなものを持っている」と大九明子監督はのんを見る。
1993年に生まれ、モデルから女優に転じた。演じることが何よりも好きだ。「ここでなきゃ生きられない。一生ここにいたい」。かつて同級生が進路を決める中「女優でなければどんな選択があるか考えた」という。「でも、何も思いつかなかった。妹に電話して『どう思う?』と聞いたら『その辺でのたれ死んでいると思う』と言われた。好きで選んだ仕事と思っていたけれど、『ここしかなかったんだ』と気づいた」
積み重ねで深み
事務所独立騒動で思うように仕事ができない時期があった。その間も「体がなまってしまう」と演技のレッスンを続け、体の動きを知ろうとバレエも始めた。「じっとしてられないタイプなので、興味があることを好奇心旺盛に表現していた」という。「創作あーちすと」の肩書で、音楽などの活動も始めた。
アニメーション映画「この世界の片隅に」(2016年)は演技の幅を広げる転機になった。「それまでは心の動きを映像として映すことに集中していて、声で表現することは苦手だった。片渕須直監督の綿密な演出で、声の大小や高低、ウイスパー(ささやき声)などを加えていき、その積み重ねで役が深まっていくことを知り、考えが多角的になった」という。
女優を生きがいとする一方、「(他の人に)代えのきく仕事」とも語る。「誰でもいい、といわれるような人になりたくない。役をどう解釈し、演じるか。そういう部分を一番大事にしています」と力を込めた。
(関原のり子)
[日本経済新聞夕刊2020年12月14日付]
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