未公開映画、気軽に上映 デジタル化で「シェア」感覚
未公開の外国映画の権利を単発で買い、自主上映する。そんな気軽で自由な新世代の上映者が現れている。デジタル化が進み、買い付け、字幕制作、宣伝、上映が個人で簡単にできるからだ。
「アメリカのインディーズ映画が好きで未公開作品を見ていて、1人で見るより、皆と共有したいと思った。よい景色を見て、SNS(交流サイト)にあげるのと同じ感覚。結構、カジュアルにできるものですよ」
「グッチーズ・フリースクール」を主宰する降矢聡(34)は語る。2013年に劇場未公開、DVD未発売の映画を紹介するサイトを立ち上げ、翌14年に東京芸大でデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督「アメリカン・スリープオーバー」の上映会を開いたのがきっかけ。ネットで権利元を調べ、メールで交渉して、単発の上映権を得た。
以来、映画館や小劇場などを借りて毎年上映会を開いてきた。今秋は三大映画祭に出品経験をもつ米インディーズの女性監督ケリー・ライカートの「リバー・オブ・グラス」など3作品をイメージフォーラム・フェスティバルで上映した。
自ら字幕を制作
映画の配給権はDVDや配信の権利とともに5~10年分を買うのが普通だが、降矢は1回~数回だけの上映権を買う。素材はデータで受け取り、字幕をつけ、映画館上映なら標準規格のDCP、それ以外ならブルーレイを作る。すべて自宅のパソコンで作業する。
上映会場を確保し、SNSで宣伝。料金1500円で100人集める上映を2回やれば30万円。権利料、字幕翻訳代、会場費を支払えて「赤字にはならない」。
「楽しいからやっている。客の反応を見ると、上映のもつ力を感じる」と降矢。
「肌蹴る光線」を主宰する井戸沼紀美(28)は18年、当時は配給未定だった中国のビー・ガン監督「凱里ブルース」を東京の映画館と京都の書店で上映。以来8回の上映会を開いた。
実験映画の巨匠ジョナス・メカス、フランスの俊英ミア・ハンセン=ラヴからガーナのラッパー、ブリッツ・バザウレまで上映作品は幅広い。「映像に意志を感じる作品、誰も知らない作品をやりたい」と井戸沼。
映画に詳しくはなかったが、福島から上京し大学2年で見た濱口竜介作品に衝撃を受け、濱口が好きな映画のリストを手がかりに見まくった。メカス作品にも感動し、生前のメカスに直接メールを送り、フィルムを集めて上映会を開いた。
今はIT企業でフルタイムで働きつつ上映活動をする。「収支はトントン。でも0円でめちゃ楽しめる」
「まず自分が見たい。人とその映画の話ができれば最高。好きな映画を人に伝えるには、劇場で同じ時間を共有するのが有効。上映会をやればみんなにも、ゲストにも会える」。宣伝は専らSNS。「お金がないからチラシは作らない」
語りの場つくる
1970年代から実験映画、個人映画の上映活動を続けるイメージフォーラムは今秋のフェスティバルでグッチーズ、肌蹴る光線のほか、演奏付き上映会を開くニューネイバーズ、LGBT関連作品を手掛けるノーマル・スクリーンなどを「スクリーニング・コレクティブ新世代」として紹介。会場は熱気に包まれた。
新世代登場の背景にあるのはデジタル化だ。同フェスティバルの山下宏洋ディレクターは「フィルム時代に比べ輸送料や通関手続きなど輸入のハードルが下がった。字幕も自前でつけられる。権利元との交渉も容易になった」と指摘する。
「見るだけでなく、上映することで映画とより近く関われる。語りの場をつくるツールにもなる。こういう形で関わる人が増えることで、多様なコミュニティが生まれ、映画文化も豊かになる」と山下は語った。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2020年12月8日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。