治療難しい膵がん 抗がん剤、手術に先行させて好結果
膵(すい)がんは体の奥まったところに発生し、見つけにくく手術も難しい。治療法の改善もなかなか進まなかったが、最近になって手術前に抗がん剤を投与する方法で成績が改善することがわかってきた。これを受けて学会もガイドラインを改訂し、実施例が広がると期待されている。
「すぐに手術をしなくて大丈夫なのでしょうか」。東北大学大学院の海野倫明教授(消化器外科)は大学病院を訪れる膵がんの患者から、よくこう聞かれる。手術の前に抗がん剤治療を約1カ月半する「術前化学療法」の説明を受け、「その間に悪化してしまうのでは」と心配になるためだ。
膵がんは難治性がんの代表格であり、多くの患者は不安でいっぱいだ。「とにかく手術を」と焦る人が多いという。海野教授は「術前化学療法によって、結果的によい成績が得られる」と丁寧に説明し、理解してもらうようにしている。
根拠となるのが、東北大などが2019年1月に発表した臨床試験結果だ。肝臓転移などがなく門脈や動脈に達していないなど、切除可能と判断された膵がんについて、術前化学療法の有効性が明らかになった。
試験には同大や国立がん研究センターなど57施設が参加し、364人の患者が登録された。これを同数ずつ、従来通りすぐに手術するグループと、塩酸ゲムシタビンとS-1という抗がん剤の併用療法を実施し約6週間後に手術するグループに分けた。
術前化学療法を受けた患者の平均生存期間は、手術先行とした患者に比べ約10カ月長い36.72カ月だった。「平均とはいえ1年近く生存期間が延びる意味は大きい」(海野教授)
2年生存率も10ポイント以上改善し、63.7%となった。術前の治療によって、死亡リスクは28%減少したことがわかった。今後、患者の追跡調査を通して5年生存率がどの程度高くなるかも、確認する予定だ。
東北大学から山形大学医学部に移り術前化学療法の普及を進める元井冬彦教授によると、膵がんは「画像診断で見えないような微小転移が隠れていることも多い」。このため、気付かないまま手術しても再発してしまう。ならば小さいうちに抗がん剤でたたいてから手術し、治療成績を高められないかという発想が術前化学療法につながった。
摘出したがんの組織を調べると、術前化学療法を実施した場合は実際にリンパ節転移が減っていた。手術後の肝臓への転移再発も少なかった。
利点はほかにもある。膵がんの手術は膵頭十二指腸切除術で6~8時間かかるなど、大規模で患者の体力を奪う。術後だと抗がん剤治療に耐えられない恐れがある。術前ならそうした心配は少なく患者の生活の質(QOL)向上に役立つ。
日本膵臓学会は19年10月に、「膵癌診療ガイドライン」のオンライン版に術前化学療法を書き加えた。東北大や山形大、国立がん研究センターなどでは、現在は切除可能な膵がんは原則としてすべて術前化学療法をしている。海外のグループなどによる臨床試験でもよい結果が出れば、術前化学療法の優位性を示す根拠はより強固になる。
海野教授らは、抗がん剤の種類や組み合わせの変更、術前の抗がん剤投与期間の延長、対象にこれまで含めなかった80歳以上を入れることなどを検討中だ。放射線治療を加えてはどうか、と考える医師もいるが意見は割れている。
国立がん研究センター中央病院の島田和明病院長は「膵がんは胃や腸に比べ患者数も少なく、治療研究が遅れていた」と振り返る。「手術も名人芸のようなところがあった」という。それがようやく改善へ向け、大きく動き出した。
一方、膵がんが「切除不能」または「可能と不能の境目(ボーダーライン)」と判断された患者を手術で救う手だてはないのか。こうしたニーズに応えようと、抗がん剤治療で手術ができる状態にもっていってから切除する「コンバージョン手術」の観察研究も進んでいる。
山形大の元井教授は「切除不能と診断されてもあきらめる時代ではなくなった」と話す。膵がん患者に特有の血中物質(マーカー)やゲノム(全遺伝情報)医療の研究の進展とともに、治療の選択肢はさらに広がっていきそうだ。
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難しい早期発見「切除可能」は2割
食道がんや白血病など、さまざまながんの死亡率が下がっていくなかで、膵(すい)がんは高止まりしている。高齢男性に多く、肥満や喫煙、大量飲酒によって発症リスクが増すとされる。
がんが小さいうちは自覚症状がほとんどなく、早期発見が難しい。見つかった時には症状が進んでいる場合も多く、切除可能と判断されるのは2割ほどにとどまる。予後が悪く、医療機関にもよるが、5年生存率は10~20%だ。
ただ、発見の手がかりがまったくないわけではない。代表的なのは黄疸(おうだん)だ。膵臓には胆管が通っており、がんによってここを流れる胆汁がうまく排せつされなくなる。血液中に逆流し、白眼や皮膚が黄色くなる。
腹痛や背中の痛み、体重減少なども要注意だ。糖尿病が急に発症したり悪化したりした場合も、膵がんによる膵臓の働きの低下が疑われる。検査法は血中マーカーを検出する血液検査や腹部超音波検査で調べ、画像診断へと進む。最終的には針で組織や細胞を採取し、病理検査で確定する。
(編集委員 安藤淳)
[日本経済新聞朝刊2020年12月7日付]
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