展覧会が問う「性」 ジェンダー歴史、LGBTQ描く映像
「性」を扱う2つの展覧会が話題だ。一方はジェンダーの歴史、他方は映像作品での性的少数者の描き方を振り返る。日本社会がそれぞれどう受け止めてきたかをたどる好機になっている。
「男らしさ」「女らしさ」とは何か。国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で開かれている「性差(ジェンダー)の日本史」は古代から現在まで日本社会の中での男女の役割の変遷を追う(12月6日まで)。古代の埴輪(はにわ)から絵画、写真、古文書まで幅広い資料を展示し、男女の社会的区分の発生を跡付ける。
驚くのは古代において女性首長は決して珍しくなかったことだ。地域によって異なるが、前方後円墳に埋葬される首長の3~5割は女性だった。鏡や玉など副葬品を見ても男性首長と遜色ない。
女性首長は古墳時代中期(4世紀後半~5世紀)になると急減し、律令国家の成立とともに男女の区分が強まる。それでも重要な儀式や公的な場には女性が参加しているのが当然で、席次の決め方にも男女に大きな差はなかったという。
高い女性の地位
平安時代に入ると、身分の高い女性たちは「御簾(みす)の向こう」に隔てられ、公的空間では見えにくい存在になる。だが、貴族社会では女性の宮仕えは男性が官人として出世するのと同様に家格を左右する重大事であったし、武家では夫の死後に女性が家長として政治的に大きな力を持っていた。
鎌倉時代には、庶民でも女性は財産権を持ち、相続した土地を売却する権限も持っていた。当時の土地の売券を見ると、女性が自らの財産で土地を購入することも一般的だったという。宗教との関わりでは、民間信仰のあり方を示す仏像内への納入品が興味深い。14世紀の仏像でも納入品は男女でほぼ同じだ。仏教は平安末期から貴族の間に「女性罪業観」を定着させたが、そうした思想が庶民に広がるのは戦国時代以降だったためだという。
展示を見ていると、古代から公の場で女性が男性同様に存在感を持ち続けてきたことに気づかされる。改めて「男性が外で働き、女性が家を守る」というような家族像は、明治時代以降に確立した近代的な価値観であることを認識する。
「LGBTQ」と呼ばれる性的少数者への視座を問うのが早稲田大学演劇博物館の企画展「Inside/Out」だ(2021年1月15日まで)。木下惠介や小津安二郎らが監督した太平洋戦争後の日本映画に始まり、日活ロマンポルノや1980~90年代の「ゲイ・ブーム」、そして2010年代以降の「LGBTブーム」ともいえる多様な映像作品を、制作ノートや写真などで振り返る。
差別や偏見考察
多くのピンク映画を手掛けた映画監督の小林悟の制作ノートには、90年代から「エイズ」「HIV」といった単語が頻出する。こうした考察は、エイズ患者への差別や偏見がいかに同性愛者を苦しめたかを表す作品に結実した。展覧会を企画した金沢大学の久保豊准教授は「LGBTQを描いた作品において、日本ではピンク映画などの果たした役割が大きい」と一層の研究進展に期待を寄せる。
「現在はLGBTという言葉が定着し、性的少数者を扱った作品が作りやすくなった」と久保准教授。一方で「エンターテインメント化は仕方ないにしても、誰かを傷つけてしまう表象は避けていかなければならない。過去に作られた作品の成功と失敗を学ぶことには意義がある」と指摘する。
(岩本文枝)
[日本経済新聞夕刊2020年12月1日付]
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