アニメ映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が驚異的なヒットを飛ばしている。鬼と化した妹を人間に戻すために主人公が戦う物語。アニメと漫画の専門家に話題沸騰の理由を聞いた。
単行本・配信でファンに厚み アニメ評論家 藤津亮太氏
日本映画史上に残る大ヒットとなっている「鬼滅の刃」は少年ジャンプ連載の漫画を原作としたアニメで、2019年4月からTVアニメが放送され、映画はその続きにあたる。
メガヒットの第一のポイントは単行本と配信サービスの存在だ。
単行本は電子書籍を購入できない小学生が主な購買層といわれている。さらに今の小中学生の両親は、少年ジャンプが発行部数を伸ばす1980年代から90年代前半を体験しており、ジャンプ漫画に親和性が高い。さらに現在、漫画はボーダーレス化が進んでおり、少女・女性もこのムーブメントの中に自然と巻き込まれることになった。
こうした作品の広がりを、契約さえしていれば手軽に見られる配信サービスが底支えし、裾野を広げたのだろう。このファンの厚みが公開直後の爆発的な動員につながったと思う。
第二のポイントは、その爆発的な動員に応えられるだけのスクリーンを確保したことだ。「鬼滅の刃」は人気作なので、おそらく100館程度の公開で興行収入20億円規模のヒットは見込まれていただろう。だが、人気がそこに留まらない範囲まで広がっていることを見逃さず、400館超の上映館を確保。これが最初の週末3日間で興行収入46億円という数字を可能にした。コロナ禍で洋画大作の公開が減っていたことも追い風になっただろう。
そして第三のポイントは映画の内容だ。本作は原作の中の1エピソードとはいえ、アニメならではの熱くなれるアクションと、涙を誘うドラマ性がたっぷり盛り込まれており、鬱屈した世相に飽き飽きしていた観客にとって感情を存分に発散できるエンタテインメントとなっていた。この満足感が口コミとなってさらに観客を呼ぶことになった。
2020年の様々な要因が奇跡的に噛(か)み合った結果のメガヒットなのである。
寄り添う死者が与える救い 京都精華大教授 三河かおり氏
バトル冒険マンガは概(おおむ)ね2つのタイプに分かれる。「ステージクリア型」と「ゴールからの逆算型」。前者の典型は「ONE PIECE」「ドラゴンボール」。強敵を倒して次のステージへ進み戦いの上書きを繰り返すゲームのようなシステムを持つ。一方「逆算型」は「暗殺教室」「鋼の錬金術師」に見られる物語の構築方法で、結末に向けて周到に伏線をはり物語の核へと収斂(しゅうれん)していく。単行本にして30巻前後で完結する「逆算型」はバトルマンガとしては比較的短命である。
「鬼滅の刃」はこの「逆算型」である。そして、宿敵である鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を罠(わな)にはめた産屋敷(うぶやしき)家当主(主人公の所属する鬼殺隊を束ねる存在)が妻と娘もろとも爆死した瞬間、いきなり終焉(しゅうえん)へのカウントダウンが始まったのだ。まだ16巻目だ。まさか、こんな突然に来るとは油断した。心の準備が出来(でき)ていない! 多くの読者がその驚愕(きょうがく)を共有しようと、SNSに投稿しまくったのだろう。連載終了後、劇場版アニメ公開を経てもまだ続く異様な「鬼滅」ブームは、絶頂期に散る若い命を惜しむ熱狂が蔓延(まんえん)したからではないか。
そして、この作品の特異性として挙げたいのが「寄り添う死者」の存在である。主人公・兄妹がピンチに瀕(ひん)する度に、鬼に殺された母が、弟達が、側(そば)にきて「生きて」と鼓舞する。死者は鬼が消滅する時にも現れる。かつて自分が大事にしていた人に寄り添われて鬼は人間に戻る。地獄に落ちようとも、赦(ゆる)されるのだ。これには読者も救われる。
「鬼滅の刃」は凄惨な物語だ。人間は突然鬼に襲われ、ひどく残酷なやり方で殺される。「死」の匂いが強い作品でもある。重要なキャラクターが次々と死んでいくが、それに心折れず読者が、面白さを受け取ることができるのも「死者はずっと側に寄り添っている」システムが機能して、安心して楽しめるからであろう。
[日本経済新聞夕刊2020年11月30日付]