手軽に濃厚ミソをいつでも 鳥取のベニズワイガニ
日本海沿岸の冬の名物はズワイガニだが、鳥取県境港市でより身近な存在は地元で「ベニガニ」と呼ばれるベニズワイガニだ。農林水産省の海面漁業生産統計調査によると、鳥取県は2018年の水揚げ量が日本一。ズワイガニの漁期が11月~翌年3月までに対し、ベニズワイガニは7~8月を除いて漁ができる。同市を訪れれば、ほぼいつでも食べられる。
手ごろな価格が魅力の一つ。19年の1キログラム当たりの価格はズワイガニの約4000円に対し、ベニズワイガニは約600円。県が15年に導入したズワイガニの認定ブランド「五輝星(いつきぼし)」は19年の初競りで地元業者が500万円で落札し、「競りで落札された最も高額なカニ」としてギネス世界記録に認定された。一方、ベニズワイガニは地元スーパーで1匹数百円で手に入る。
地元飲食店ではゆでたものを丼などで提供する。「さかゑや」でゆでたものと焼いたものをいただいた。同店はゆでたものでも甲羅をバーナーであぶる。カニみその香ばしさを引き立てるためだ。まず、みそを味わうと、濃厚なうまみと香ばしさが口内に広がる。脚から身をほじくり出し、舌にのせると、みずみずしいうま味も堪能できる。
無心にしゃぶり付くのもカニの醍醐味。山陰旋網漁業協同組合(境港市)が水産物直売センターで運営する「境港のさかな塾」では食べ放題に挑戦できる。45分間の時間制限で大人なら4~5匹を平らげるという。「挑戦者は終日、カニの香りが消えない」(担当者)のも旅の思い出になりそうだ。
鮮度が落ちやすいため、9割ほどは加工品に回り、実は地元でも長年、ズワイガニのように珍重されることはなかった。10年ほど前から食材として見直そうという地域活動が活発になり、料理コンテストなどのイベントも毎年開催してきた。今年のコンテストで生まれたあんかけうどんは「海月丸」で楽しめる。
県産業技術センターの調査によると、ベニズワイガニとズワイガニを比べると、生の状態では甘味アミノ酸のスコアは肩を並べる。しかし、ゆでるとベニズワイガニは多くのうま味が流出してしまう。
そこでカニを蒸すことによって加工品のおいしさを引き出す動きも本格化。上野水産(境港市)は味わいを高めるために蒸す加工技術を確立した。佐々木文雄専務は「新手法で付加価値を高め、業務用だけでなく、個人向け製品も世に出したい」と話す。
生息域はズワイガニが水深200~500メートルなのに対し、ベニズワイガニは800メートルより深い。鳥取県境港市の2017年の製造品出荷額872億円のうち、水産加工が54%を占める。ベニズワイガニは棒肉や様々な加工品に姿を変え、主に業務用として出荷される。市の担当者は「境港産ベニを口にした経験がある日本人は多いはず」と話す。
同市の伊達憲太郎市長がベニズワイガニのさばき方を子供に教える食育動画も10月に配信。「ズワイよりベニが好き」(伊達市長)という市民も増えてきたという。
(鳥取支局長 山本公啓)
[日本経済新聞夕刊2020年11月26日付]
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