さわれる美術鑑賞 名茶碗、レプリカで重みを体感
美術館・博物館で本物さながらのレプリカを使った「さわれる」鑑賞が広がっている。名茶碗の手触りを確かめるなど、3Dプリンターをはじめハイテク技術がハンズオン鑑賞を後押しする。
東京国立博物館が所蔵する重要美術品「大井戸茶碗(ちゃわん) 有楽井戸」。織田信長の弟、有楽斎が所持していたことから「有楽」の銘を持つ名茶碗だ。これを茶碗型コントローラーと高精細画像で鑑賞するイベント「8Kで文化財『ふれる・まわせる名茶碗』」が23日まで同館で開催されている。
形や重さも実物そっくりに作った樹脂製コントローラーにセンサーを仕込み、回したりひっくり返したりすると、大型8Kモニターに映る茶碗が連動する。コントローラーを体に近づければ超高精細の画像が拡大。表面の細かいひびや高台のざらざらした質感などふだん薄暗い展示室でじっくり眺めるのが難しいディテールがリアルに再現され、実際に茶碗を手にしている気持ちになる。同館と文化財活用センター、シャープが協力し開発した。
手取りのよさ
福岡市美術館は、所蔵する黒楽茶碗の質感まで忠実に再現したレプリカを制作した。千利休が佗(わ)び茶の美意識を表現させようと陶工の長次郎に作らせたもので銘「次郎坊」。古美術担当の学芸員、後藤恒氏は言う。「黒楽茶碗は解説で『手取りがいい』と書かれる。手にとると中指が茶碗のくぼみにぴたっとはまり、茶碗が手にフィットする。自分も収蔵庫で手にしたときに、なるほど、そういうことか、と分かった。それをどう感じてもらえるか。ずっと考えていた」。実物の茶碗をスキャンして3Dプリンターでアルマイド製のレプリカを制作。手取りのよさを再現しようと美術品の修理・復元を手がける上田隆一氏の協力を得た。
レプリカを手に取ると、茶碗の中心にずっしりした重みを感じる。「この『重心が落ちる』感触が手取りのよさの理由のひとつ。だから手にとると気持ちが落ち着く」と上田氏は話す。次郎坊の重さは272グラム。レプリカは68グラム足りなかった。そこで高台部分を金属に置き換え、重心をずらすことなく重さをぴたりと合わせた。茶碗の表面がかさっとしている質感や釉薬(ゆうやく)の鉄分の赤みも再現した。レプリカを実物の前に設置し、さわりながら鑑賞してもらう展示を計画する。
仏像の断面も
九州国立博物館は「ならべてわかる本物のひみつ 実物とレプリカ」展を23日まで開催。縄文時代の火焔(かえん)型土器、阿弥陀如来坐像など6点の文化財の実物とレプリカ、再現文化財(素材や技法も忠実に再現した文化財)が並ぶ。仏像の断面を見られるのもレプリカならでは。X線CTスキャナーで測定したデータをレプリカ作りにも生かしている。
「美術品や文化財の鑑賞において、さわることは有効な手立てだということが広く認識されてきた」と同館主任研究員の加藤小夜子氏は指摘する。たとえば展示中の火焔型土器は開口部が波状の突起で縁取られている。「指を置くとぴったりはまるので、指で押してかたどったとも考えられる。祭事などで皆で指を置き、共に祈ったのかもしれない。触れることでさまざまな想像が膨らむ」と話す。残念ながら同展はコロナ禍のため見るだけの展示に変更された。しかし視覚障害者や子供、外国人ら多様化する来場者のため、文字や知識だけに頼らない体感型の鑑賞は今後より一層求められていくだろう。
(編集委員 窪田直子)
[日本経済新聞夕刊2020年11月17日付]
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