小川さやか著『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社・19年)は、香港を拠点とする東アフリカ出身の交易人を描いている。この本は、なぜ海外で働くのか、というテーマに迫ったものではない。しかし、パイオニアの移民を中心としたチェーンマイグレーション(連鎖移民)や、中国・香港・東アフリカをまたぐ経済プラットフォームの形成が具体的に記されている。その経済プラットフォームの分析が面白い。

シェアリング経済などの思想と近いが、市場交換のオルタナティブではなく、「気前よく与える喜び」「仲間との共存」「遊び心やいたずら心」「独立自営の自由な精神」の価値を担保しながら形成されるのだという。ボスは語る。「真面目に働くために香港に来たのではなく、新しい人生を探しに香港に来た」と。

見方変える必要が

これらの3冊は、いずれも著者が「移民」と親しい関係を築いてつむいだ語りや対話を中心に、著者自身の考え方の変化が綴(つづ)られている。冒頭で紹介した『移民と日本社会』は、感情論を排して計量分析により移民受け入れの影響を議論しているが、パーソナルな人間関係の構築が偏見の低下をもたらし、良好な関係に導くとある。

移民問題とは、移民の問題ではなく、受け入れ社会全体の問題であり、多様性の包摂は考え方を変えれば脅威にならないという。これらの本を読みわった後には、駅などですれ違う移民への見方も変わっていることだろう。「幸せ探しを忘れていませんか?」という彼らの声が聞こえてくるかもしれない。

[日本経済新聞朝刊 2020年11月14日付]

幸運を探すフィリピンの移民たち――冒険・犠牲・祝福の民族誌

著者 : 細田 尚美
出版 : 明石書店
価格 : 5,440 円(税込み)

チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学

著者 : 小川 さやか
出版 : 春秋社
価格 : 1,870 円(税込み)

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