子宮頸がん、複数研究でワクチン有効 勧奨中止に転機
接種率が低い子宮頸(けい)がんを防ぐワクチンの有効性を示す研究結果が相次いでいる。スウェーデンのカロリンスカ研究所はリスクが最大9割減少すると発表。大阪大学は日本の接種率の低下で4千人以上の死者が増加すると推計した。厚生労働省は副反応への懸念から積極的な接種呼びかけを中止してきたが、転機を迎えている。
子宮頸がんは子宮の出口近くにでき、若い女性のがんの多くを占める。日本では毎年約1万1千人の女性がかかり、毎年2800人が死亡する。30代までに治療で子宮を失う人も毎年約1200人にのぼる。
原因のほとんどはヒトパピローマウイルス(HPV)だ。性交渉を通じて感染する。ウイルスには複数の種類があるが、ワクチン接種で主なウイルスへの感染を防げる。がんの前段階である「前がん病変」を予防する効果がある。
スウェーデンのカロリンスカ研究所は10月、10~30歳の女性が接種すると、子宮頸がんの発症リスクが63%減るとの研究結果を発表した。約167万人の女性について、接種の有無で発症リスクが異なるかを調べた。10~16歳に限ると発症リスクは88%減っていた。
ほとんどは前がん病変を経て発症するためワクチンのがん予防効果は間接的に説明されてきた。がん自体の予防効果を明確に示すデータはこれまで無かった。
日本産科婦人科学会の宮城悦子特任理事は「がんの予防効果が示されるのはもう少し先だと思っていた」と話す。ワクチンは2006年にできたばかりでデータがそろうのに時間がかかっていた。
世界保健機関(WHO)の推計によると、19年に15歳の女性のうちHPVワクチンの接種を完了した割合は英国やオーストラリアで8割、米国で55%だ。しかし日本は突出して低く0.3%となっている。
HPVワクチンは日本では予防接種法に基づき小学6年~高校1年相当の女子は公費で接種できる。ただ厚労省は13年6月から対象者に個別に接種を呼びかける「積極的勧奨」を中止している。接種率を下げる大きな要因とみられている。
積極的勧奨の中止は、接種後に持続的な痛みが出るなどの報告が出てワクチンの副反応が疑われた経緯がある。その後、研究が進み、接種しても発症リスクは変わらないとの報告が相次いでいる。
名古屋市立大学の鈴木貞夫教授らは、名古屋市の約3万人の女性を対象に接種の有無ごとの発症リスクを比較し、18年に報告した。痛みや意図しない体の動きなど接種後に報告された24の症状について、接種で発症リスクが上がるといった関係はみられなかった。9月にはデンマークの研究チームが、慢性的な痛みが続く「複合性局所疼痛(とうつう)症候群」などと接種に因果関係はみられないと報告した。
積極的勧奨の再開を求める声は医療界に根強い。7月には自民党の議連も厚労省に要望した。大阪大学の研究チームは10月、接種率が激減した2000~03年度生まれの女性では将来の死者が計4千人増えるとの推計をまとめた。
厚労省は7月、製薬会社MSDの新たなHPVワクチンの製造販売を承認。申請は15年で異例の長期審査となった。10月にはHPVワクチンのリーフレットを改訂し、自治体を通じて接種対象者に個別に送付すると決めた。もっとも、積極的勧奨の再開ではなく情報提供との位置づけで、どこまで接種率の向上につながるかは不透明だ。
厚労省内にも「積極的勧奨を再開すべきだ」との意見はあるが、健康被害を受けたとして国や製薬会社を訴える訴訟も起きており、なお慎重だ。
現状では健康被害とワクチンの明確な因果関係がみられない場合、国から支払われる症状への救済額は比較的低いとされる。ただそもそも症状が副反応かどうかを判断するのは難しい。
免疫学に詳しい大阪大学の宮坂昌之名誉教授は「ワクチンにはリスクがあるという前提に立ち、症状とワクチンとに明確な関係がみられなくても幅広く補償する『無過失補償』の取り入れを進めるべきだ」と主張する。ワクチンの価格にいくらかを上乗せし、補償に充てる。米国が取り入れている。
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国民の理解が不可欠
HPVワクチンについての個別の情報提供は一部自治体が先行して始めている。千葉県いすみ市は2019年から高校1年を対象に通知を始めた。19年度は132人に資料を送り、14人が接種した。一定の効果はあったが、最も接種率が高かった1997年度生まれ(約81%)に及ばない。
市の担当者は「保護者の理解が必須」と話す。保護者世代はHPVワクチン接種を未経験で、理解を得にくい面がある。
厚生労働省は18年、約3000人を対象にHPVワクチンの理解度を調査した。ワクチンの意義や効果を「知らない、聞いたこともない」と答えた人が約34%に上った。接種率向上には、保護者をはじめ国民全体の理解が不可欠だ。
(新井惇太郎、尾崎達也)
[日本経済新聞朝刊2020年11月16日付]
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