転倒後に容体急変…死亡も 注意したい抗血栓薬リスク
血液の流れをよくする効果があり、脳梗塞や心筋梗塞の患者らに使われる「抗血栓薬」。服用する患者は転倒して頭をぶつけた場合、医療機関を受診するよう医師らが呼び掛けている。脳内で出血すると止まりにくく症状が悪化する恐れがあるためだ。万が一に備えてお薬手帳などを持ち歩くことも勧めている。
山口県に住む80代の男性は自宅で転倒して頭を打ち、念のため病院を受診することにした。歩いて着いた病院で検査を待つ間に容体が急変し、会話など意思疎通ができなくなった。転倒から約3時間後のことだ。搬送された大学病院で手術を受け、命は取り留めたが寝たきりの状態となった。
男性が服用していたのが抗血栓薬だ。血液をさらさらにして血のかたまり(血栓)ができるのを防ぎ、脳梗塞や心筋梗塞を予防する効果がある。一方、副作用として出血すると止まりにくく重症化する恐れもある。
抗血栓薬は主に動脈の血栓に作用する抗血小板薬と、心臓や静脈の血栓に作用する抗凝固薬の2種類がある。山口大医学部先進温度神経生物学講座の鈴木倫保教授は「服用しているとたんこぶ程度の軽い転倒でも、しばらくたってから症状が悪化し、亡くなるケースもある」と説明する。
高齢者は視力や筋力が低下し、転倒しやすい。日本脳神経外傷学会が2015~17年に全国32施設の頭部外傷患者の1345症例のデータを調べたところ、重症患者の52%が65歳以上だった。外傷の原因は転倒や転落が55%で最多。分析した国際医療福祉大医学部脳神経外科の末広栄一教授は「頭部外傷を負った65歳以上の重症患者の死亡率は44%に上る」と話す。
厚生労働省の人口動態調査(19年)によると、転倒や転落による死者は交通事故の2倍以上となる9580人。服用して転倒し、亡くなる患者も少なくないとみられる。
鈴木教授らは抗血栓薬の正しい理解などを促そうと、16年から「Think FAST(シンクファスト)キャンペーン」を展開している。製薬会社の協力も得て、ホームページや動画投稿サイトのユーチューブで情報を発信している。
キャンペーンでは(1)抗血栓薬を正しく理解する(2)転倒したり頭をぶつけたりした時に少しでも異変があれば医療機関を受診する(3)服用する薬の名前を覚える――の3つのポイントを挙げている。
このうち医療機関の受診では、転倒直後は会話できても数時間後に意識障害が出て症状が悪化する「トーク&デテリオレート」に注意を促す。高齢者に起こりやすく、早期にコンピューター断層撮影装置(CT)をとり、頭部の出血確認が重要となる。
抗血栓薬には血が止まりにくくなっている状態を元に戻す「中和薬」もある。お薬手帳の携帯は万が一の時に中和薬を注射でき、重症化するリスクを下げられる可能性を高める。服用中の薬を本人や家族が覚えておくことも有効だ。全国の病院や薬局では抗血栓薬を記入するカードを配布し、持ち歩きを勧めている。
キャンペーンの実行委員会は一般市民だけでなく、医師ら向けのセミナーも開催して啓発活動に取り組む。鈴木教授は「中和薬を使ったことのない医師は投与をためらうこともある」と指摘。「市民や医師らに抗血栓薬を正しく理解してもらい、転倒した時には迅速に対処してほしい」と話している。
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「時間との勝負」医療機関受診を
厚生労働省の2017年の調査では、脳梗塞など脳血管疾患の患者数は111万5千人、心筋梗塞など心疾患の患者数は173万2千人と推計される。山口大医学部先進温度神経生物学講座の鈴木倫保教授によると、抗血栓薬のうち抗血小板薬は高齢者のおよそ10人に1人、抗凝固薬は同22人に1人が使っているとの調査データがある。
脳血管疾患は年齢を重ねるごとに増え、60代が21.4万人、70代が34.1万人で、50代(6.9万人)と比べて3倍と5倍となる。心疾患の患者も50代は11.0万人だが、60代で31.8万人、70代で54.2万人と同様に増える傾向にある。
国際医療福祉大医学部脳神経外科の末広栄一教授は「高齢者の脳は萎縮し、頭蓋骨との間に隙間があるため少しの衝撃でも出血しやすい特徴もある」と指摘。抗血栓薬の服用中の転倒について「脳の出血があれば時間との勝負になる」と話す。
(斎藤毬子)
[日本経済新聞夕刊2020年11月4日付]
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