輝くネジ、蘇る思い出の品 町工場でサビ落とし・修理
メッキや溶接など消費者とは縁がなさそうな事業を手掛ける町工場。趣味や日曜大工など個人のニーズに対応してくれるところが増えている。オーディオの部品を頼んでみた。
記者が所有する古いステレオ機器の外装を飾る金色のネジはサビで黒ずんでいる。ケーブルを差し込む端子も金メッキが薄れて下地の色が出ていた。ピカピカにしてくれる専門工場はないものか。そもそも個人で頼める工場ってあるのだろうか?
「個人の方のご相談もお受けします」。インターネットで検索するとあっさり見つかった。ホームページの説明が丁寧な創業約60年の金子メッキ(東京・足立)に相談することにした。
メッキは金属を含んだ液体につけて電気を流すなどして、金属やプラスチックの表面に金やニッケルなどの薄い膜を張る加工。金子メッキは装身具やボタンのメッキ加工が中心だが、6~7年前から「町工場の技を一般の人にも知ってもらいたい」(金子篤嘉常務)と個人からの受注を始めた。電話やメールで内容や見積もりをやりとりし、料金は税込み1万1000円から。納品は宅配便の代引きで納期は1カ月程度が基本だ。
記者はネジと端子すべてに金メッキをかけてもらうつもり満々だったが、ネジの金色は素材の真ちゅう本来の色であったことが判明。メッキ工場の基本メニューである酸処理で表面のサビを落とし、軽く磨いてもらうことにした。端子は一般製品の10倍以上という0.5ミクロン厚の純金メッキをかけてもらった。仕上がりは見事にピカピカ。しめて2万2000円かかったが満足感は高かった。
個人の問い合わせは全国から入り、多い日で10件ほど。さびたりメッキが薄くなったりした装身具や楽器の部品などの修復依頼が多い。名古屋市の金原義治さん(60)は高校進学時に父からもらった楽器バンジョーの金属部の金メッキをかけ直してもらった。7万円かかったが、「思い出の品を蘇(よみがえ)らせたかった」。
メッキ以外でも個人の注文にこたえる町工場はある。回転する金属の板に棒を押し当てドーム状などに成型する「へら絞り」と呼ばれる加工技術。ナガセ(東京都武蔵村山市)はこの技で半導体製造装置の部品から宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型ロケットの先端まで製作している。今春から個人からの受注も本格化した。
注文はサラダボウルやカップなど。汎用の金型を流用してサラダボウルを造ると1個5500円程度だが、型を新規に造ると別途4万~5万円かかることも。都内で工務店を営む川口展満さん(44)は2年前に銅製の照明の傘を6個ほど注文。「既製品にない風合いが気に入った」。希望して工場で製作体験もさせてもらった。体験は特別メニューで相談に応じるという。
中小製造業の動向に詳しい経済産業研究所リサーチアソシエイトの岩本晃一さんは「正確な統計はないが、BtoBの下請けから個人相手のBtoCに進出する町工場は増えている」とみる。「工場を見学する産業観光の広まりなど、ものづくりへの関心の高まりが背景にある」
元請けから支給された材料などを指示通りに加工し、作業代を受け取る町工場特有のビジネスが細っている面もある。ハードルが高い印象が拭えないが、業務用で培った技を個人に提供する動きも増えている。
サッシなどの製作・施工が主力のアサヒコンストラクト(埼玉県川口市)では7年ほど前から「コンビニ溶接センター」と銘打ち、気軽に溶接修理を頼めるようにした。折れた鍋の取っ手をつけ直すなど身近な製品の修理も多い。
業務用のイメージがあるハイテク素材も使える。航空機などに使われる炭素繊維強化プラスチック(CFRP)で大学の試作品製作を請け負うサーフェス(茨城県筑西市)はボールペンの装飾など個人の注文にも対応している。
「町工場に注文できる」との気づきが広がれば、個人の利用は広がり、日本のものづくりを活性化する一助になるかもしれない。
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個人の注文つなぐ窓口も
町工場を探すのに便利なのが、新潟県燕三条地域で相次ぎ始まった窓口サービスだ。地場製造業9社などが設立したドッツアンドラインズ(新潟県三条市)は10月1日、JR東日本などと組んでJR帯織駅に個人、地元工場の交流拠点「エキラボ 帯織」を開業。窓口となって個人や企業の注文に、電話やメールで地域外にも応じる。先行して3月から受注を始め、金属の表札加工など約200件を受注した。
クラウドクラフト(新潟市)も今年からインターネットを通じて注文したい人と燕三条エリアを中心とした工場約50社をつなぐ事業を始めた。将来的にはスマホアプリで探せるようにする計画だ。
(堀聡)
[NIKKEIプラス1 2020年10月17日付]
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