災害時の備えを 人工肛門などの利用者・オストメイト
人工肛門などを腹部に設けて生活する患者、オストメイトを巡る災害時の備えが課題になっている。大規模地震の際、避難所では予備の装具や対応したトイレの準備が不十分なため、排せつ処理に困る事態も起きた。自宅以外での装具の保管や避難先の設備の確認など、日ごろから万が一の準備を進めておきたい。
熊本県益城町の前田勝さん(78)はオストメイトの1人。2016年の熊本地震では自宅が半壊し、避難所に身を寄せたものの、排せつ物をためるパウチなどの装具は約1週間分しかなかった。「支援物資の装具が届くまで不安な毎日を送った」
同様の悩みを抱える人は少なくなかった。益城町は20年1月、装具を預けるためのロッカー約40人分を保健福祉センターなど2カ所に設置し、無料での貸し出しを始めた。使用期限を迎える装具は利用者自身が入れ替える。2週間分の装具をセンターのロッカーに預ける前田さんは「耐震性に優れた公共施設で保管できるのは心強い」と話す。
町によると、現在の利用者は5人程度。担当者は「装具は人によって形状やサイズが様々で、支援物資が体に合うとは限らない。安心して利用できる装具をあらかじめ保管しておいてほしい」と呼びかける。
愛知県知多市は装具を預かる際、利用者のプライバシーに配慮する。「排せつに関わるのでオストメイトだと周囲に知られたくない、との声に応える」(担当者)ため、ニックネームでの申し込みを可能にした。ただ、災害を想定した装具の保管支援に取り組む自治体は僅かだ。
患者団体「日本オストミー協会」(東京)が17年に実施した調査では、回答した1259市町村のうち、個人の装具を預かる事業を展開しているのは85市町村(6.7%)。自治体が装具を購入して備蓄しているのは53市町村(4.2%)だった。
同協会の谷口良雄会長は「オストメイト自らが災害対策の意識を高めておかねばならないのが現状だ」と指摘するが、協会の17年度の調査では、親族宅などを含めて装具を「分散保管」する会員は約4割。非常時に備えた準備をしていると回答した人も約6割にとどまった。
オストメイトが「自助」の意識で災害に備えるには、どのような対策を取るべきか。同協会はホームページでポイントをまとめている。
まず2~4週間分の装具やケア用品、ゴミ袋などを非常時に持ち出せるよう普段から準備しておく。災害時は断水の恐れがあり、水なしでも装具を洗ったり交換したりできるよう、専用の皮膚洗浄剤も必要だ。
避難所では施設の管理者にオストメイトであることを伝えれば、トイレ利用の配慮や医療関係者による支援が受けやすくなる。障害者手帳のほか、使用する装具の種別や製品名などを記す「オストメイトカード」は常に携帯しておきたい。
仮設トイレは、排せつ処理が難しい和式であったり、交換スペースがなく衣服の着脱などに苦労したりすることもある。同協会によると、11年の東日本大震災では、野外や車中などで交換せざるを得なかったケースがあった。「居住する自治体に、避難所の環境を確認しておくことも大切」(谷口会長)だ。
自宅や避難所周辺のオストメイトに対応したトイレの所在確認には、スマートフォンのアプリを活用したい。NPO法人「エムアクト」(東京)の無料アプリ「オストメイトなび」は、全国約6千カ所にある対応型トイレの位置情報を地図で紹介している。
同法人の神戸翼・代表理事は「今後は自治体が保管している装具をアプリで確認できる機能を盛り込むことも考えている」と話している。
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広がる医療ケア体制
大腸やぼうこうのがんなどで尿管や消化管の機能を失い、腹部に排せつ口を設けるオストメイトは、国内で少なくとも約21万人に上る。多くの人は装具の交換時などの排せつ物の漏れや、皮膚の炎症のトラブルに直面する。
装具などに関して患者のケアを専門的に行う医療機関は増えており、日常の悩みを相談したり、セルフケアの方法などを学んだりすることができる。
日本看護協会(東京)が1997年から認定している皮膚・排せつケアの専門資格を持つ看護師は、2020年10月時点で約2500人で、10年前の約1.8倍に増えた。
専門資格を持つ看護師らがいる「ストーマ外来」を持つ医療機関も全国に700近くある。日本創傷・オストミー・失禁管理学会のホームページ(http://www.jwocm.org/public/stoma/stomacare/clinic.php)で最寄りの外来が確認できる。
(佐藤淳一郎)
[日本経済新聞夕刊2020年10月14日付]
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