日本人作家の英訳本、海外も評価 川上未映子ら新世代
日本の第一線で活躍する作家の小説が相次ぎ英訳されている。英語圏でも評価の高い日本人作家といえば、村上春樹(71)がよく知られているが、その下の世代が存在感を高めている。
1999年、デビュー作「日蝕(にっしょく)」で芥川賞を受賞した平野啓一郎(45)の長編小説「ある男」の英訳版「A MAN」(アマゾン・クロッシング)が今年6月に刊行された。これまで中国語や韓国語、イタリア語などに翻訳されてきたが、長編の英訳は初めてだ。
アマゾンの推薦書
早速「アマゾン・ファースト・リーズ・プログラム」という米アマゾンが毎月8冊選ぶオススメ本の1冊に選ばれた。「カスタマーレビューが千件を超えているのがうれしい驚き。深く読んでくれていると感じる。コロナ禍のため、米国を訪れてのプロモーションはできていないが(電子版と合計の)部数は9万部を超えたと聞いている」と平野は手応えを感じている。
「ある男」は日本で18年に刊行された。在日三世の弁護士が宮崎県在住の女性から奇妙な相談を受けた。夫が事故死した後、全くの別人が夫を名乗っていたと分かったという。調査するうちに、過去を変え、生きている人々の存在を知る。「英国版のレビューからアイデンティティーの問題は国境を越える関心事であることも伝わってきた」
4月には、芥川賞作家の川上未映子(44)の長編「夏物語」の英訳「BREASTS AND EGGS」(ユーロパ・エディションズ)が刊行された。刊行日にニューヨーク・タイムズが書評を掲載し、多くのメディアで紹介された。
日本で19年に出版された「夏物語」は、芥川賞受賞作「乳と卵」の語り手が主人公。性行為に拒絶反応を示す彼女はパートナーなしの出産を考え、AID(非配偶者間人工授精)で生まれた男性と出会う。当時のインタビューでは「倫理全般に興味があり、それを小説を書くことで考えてきた」と語っている。
川上のアシスタントを務める小澤身和子氏によると、海外メディアの書評に共通しているのは、日本で女性が生きることの困難さや、人々の貧困や格差といった日本社会の問題や事柄が初めて書かれた、という強い驚きと興奮だという。
米の文学賞受賞も
日本の第一線で活躍する作家の海外での評価は近年高まっている。中村文則(43)は14年にノワール(暗黒)小説への貢献が認められ、米デイビッド・グディス賞を受けた。
18年には、日本語とドイツ語で小説や詩を書く多和田葉子(60)の「献灯使」の英訳「The Emissary」が全米図書賞の翻訳部門を受賞、村田沙耶香(41)の「コンビニ人間」の英訳「CONVENIENCE STORE WOMAN」は米誌ニューヨーカーの「ベストブックス」9冊の1冊に選ばれた。
受賞こそ逃したが、小川洋子(58)の「密(ひそ)やかな結晶」の英訳「The Memory Police」は、19年の全米図書賞の翻訳部門、今年の英ブッカー国際賞でそれぞれ最終候補となった。11月に発表される今年の全米図書賞の翻訳部門でも、柳美里(52)の「JR上野駅公園口」の英訳「Tokyo Ueno Station」が最終候補に入っている。
「米国では翻訳小説はあまり読まれてこなかったが、2000年代半ばから風向きが変わった。9.11を経て、国外にも目を向けようという動きが出てきたからではないか」と翻訳家の鴻巣友季子氏は話す。「ここ数年は日本の女性作家への注目度が高い。ディストピア(反理想郷)やフェミニズムという近年の文学の潮流に合った作品を書いているからだろう」とみる。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2020年10月13日付]
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