スヌーピーたちは「家族より親密」 訳者・谷川さん
米の漫画「ピーナッツ」70周年
ビーグル犬スヌーピーと仲間たちを描いた米の漫画「ピーナッツ」が70周年を迎える。長く日本語訳を担ってきたのは詩人の谷川俊太郎さんだ。「ある意味、家族より親密ですよ」と笑う。
日本にピーナッツが上陸してから半世紀がたつ。ずっと日本語訳を務めてきた。「なんだか、もう漫画に登場するキャラクターの一人になってしまったような気がします」と谷川さん。2019年から刊行が始まった「完全版ピーナッツ全集」(河出書房新社)は約2000本の初収録作品を加えた。
原作者はチャールズ・M・シュルツ氏(1922~2000年)。1950年から米新聞7紙で連載され、2000年まで続いた。世界75カ国でコミックが刊行され、アニメやキャラクター商品などを含めて、今なお世界中で愛されており、人気は衰えることを知らない。
主人公チャーリー・ブラウンら、子どもたちのやりとりに、皮肉や気の利いたセリフを交えながら笑わせる。描かれているのは、何気ない日常だ。野球をし、けんかをし、クリスマスやハロウィーンを楽しむ。
偉大なるマンネリ
谷川さんは「偉大なるマンネリズム」と表現する。「同じキャラクターが同じことをする。なのに退屈しない。現実でも人間は同じことを繰り返している。トイレに行く、食事する。当たり前のことを面白くできるのがシュルツさんの才能なんです」
シュルツ氏とは一度だけ会ったという。「物静かな人で、漫画家という感じはまるでなかった。哲学者みたいだった」と振り返る。自身との共通点も感じた。「なにを話したのかはもう覚えてないけど、何となく波長が合った。どこかもの悲しくて、詩的なものがあった」と振り返る。
原作者の性格は登場人物にも反映されているようだ。チャーリー・ブラウンは野球は下手、凧(たこ)をあげれば木に引っかける。ちょっといじわるなルーシはピアノに熱中するシュローダーにかなわぬ思いを抱き続ける。いつの時代も子どもたちが抱える不安や悩み。彼らの欠点や弱点を描きつつ、笑いに変える。谷川さんは「作品には、明るいさみしさがあるんですよ」と話す。
スヌーピーは自分自身に誇りを持ちつつも、こんなセリフを口にする。「なんでイヌなんかに生まれたんだろう」「イヌなんか飼うもんか」。谷川さんは「初めて読んだとき驚いてね。スヌーピーのキャラクターはこのセリフで決まったように思う。哲学ですよね。漫画って大げさにはしゃぐでしょ。でもシュルツさんの作品には、クールさがある」と指摘する。
今は慣れたというが、最初は苦労の連続だった。米国在住の日系人に下訳を頼んでいたが、時間がかかるため、自ら辞書を引くようになった。辞書にない俗語は現地の人に聞いたり、専門書を取り寄せたりした。
現在ほど米国の大衆文化や言葉が知られていなかったため、そのまま訳せない言葉も多かった。「例えば『シリアル』を『オートミール』に変えたりね。いろいろ工夫しましたよ」。それでも続けてこられたのは「シュルツさんの描く漫画の楽しさ」のためだ。「詩はオーバーに言えば、ゼロから書くもの。でも翻訳は原文があって、キャラクターたちがいる。それに頼って50年やってこられた」
詩作と共通する魂
自らの創作にも影響は及んでいるという。「日本語以外の言葉を知ることで、日本語が深まった。ユーモアの影響も受けているんじゃないかな。人間の魂の実在のようなものを感じるという点では、詩作と共通するものがありますね」
辞めようと思ったこともある。「徹夜続きで、嫌だ嫌だと思ってた時期もありました」と苦笑する。今回の全集刊行で、約1万8000本ある原作漫画のほとんどを訳し終えた。「さみしさはないですね。いつでも会えますし。自分が生きているようにピーナッツの仲間たちも生きてる。ずっとあの日常が続いていると思うから」
(赤塚佳彦)
[日本経済新聞夕刊2020年9月28日付]
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