地図でわかる災害リスク 水と土地の歴史を調べてみた
台風や豪雨など深刻な水害が各地で相次ぐ。日本は流れが急な河川が多く、水と街の歴史やかかわりを知ることが防災の一助になるかもしれない。地図を片手に街を歩き、考えてみた。
記者(23)はこれまで災害から縁遠かった。ただ、豪雨で浸水や土砂崩れが全国で多発している。普段は子供が遊ぶような浅い川が堤防を破壊し、舗装された道路をえぐる映像に衝撃を受けた。防災を考える上でも、住まいを探す際にも、土地と水の歴史を調べる必要があると痛感した。
まず、街や地形などの著書が多い、東京情報堂代表の中川寛子さんに話を聞いた。「ネット上の地図、例えば『今昔マップ』を活用するだけでも十分わかります」
「今昔マップ」は時系列で土地を比較できるもので、埼玉大学教育学部教授の谷謙二さんが運営する無料サイト。明治期以降の地図と現在の地図を左右に並べ、比べられる。開発により消えた水路やため池などを見つけやすい。
土地の形成時期を紹介する「20万分の1シームレス地質図」も参考になる。中川さんは「土地の古さと丈夫さは比例する傾向がある」とみる。マップ上にカーソルを合わせると、いつ形成された土地なのか解説が表示される。
地図といえば国土地理院。国の基本図「地形図」を発行するなど地図の「総本山」。トップページから入れる「地理院地図」が土地の分析に最適だ。
「なかでも水とのかかわりを詳しく調べられるのが陰影起伏図と土地条件図の2つ」。地図研究家の今尾恵介さんは指摘する。高低差が見やすい陰影起伏図は「地理院地図」の左上「情報コーナー」にある「標高・土地の凹凸」をクリックする。
土地条件図は「情報コーナー」にある「土地の成り立ち・土地利用」から入る。台地や斜面地など地形ごとに色分けされている。今尾さんは「緑の急斜面地を縁取る黄色部は急斜面からの土石流でできた緩斜面地。災害が発生しやすい」と注意喚起する。
地形の予習を重ね、街を歩いてみた。中川さんが「街歩きには路線価図をお供に」と勧めてくれた。路線価図は道路に面する土地1平方メートルあたりの価格を示したもので、国税庁のサイトから行政区域ごとに印刷できる。
「路線価は土地の安全性や住みよさを如実に反映する」(中川さん)。広い道路に面する坂の上の土地は、路線価が坂下より8万円高い場所もあった。「細い道は災害時の避難に手間取る可能性がある」(中川さん)
街歩きに出たら、道の蛇行や周辺施設にも着目したい。蛇行した歩道は以前川だったところを埋めた可能性がある。雑草がアスファルトの隙間から茂り、家が背を向けているのも特徴だ。中川さんは「川は公共物。道路に転用しやすかった」と説明する。
川の近くには銭湯など水を使う施設が集まる傾向がある。自治体が管理する緑道なども川を埋め立てた場合が多い。地盤が弱く車道向きではないため、遊歩道に整備されがち。高低差を活用した公園が設置されることも多い。
歴史を知るには、その土地に長く住む人らの話に耳を傾けよう。慶応大学名誉教授でNPO法人鶴見川流域ネットワーキング代表理事の岸由二さんに鶴見川を案内してもらった。
地図を見ると、鶴見川は直角に曲がるほど蛇行する箇所が多くある。過去たびたび氾濫し、高度経済成長期以降、治水対策として川底の深掘りや川幅の拡張などが施されて改良された。
岸さんが注意を促すのは小さな水路で、江戸時代に整備された二ケ領用水だ。海水が混ざりやすい鶴見川の水は田畑に適さず、多摩川の水を引くために作られた。地中化されたが、地上に残った部分も多い。岸さんは「台風などで氾濫した事例を見ると、大きな河川との合流点など排水管理が難しいことがわかる。治水の大きな課題」と訴える。
土地活用や治水の変遷を知れば住まい探しの視点や防災への意識も変わる。命と財産を守るには土地の過去に向き合うことが大切と感じた。
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災害の記録 伝える地図記号
2019年度には新たな地図記号「自然災害伝承碑」が設けられた。18年7月に発生した西日本豪雨の際、被災地には伝承碑があったものの、地元住民に知られていなかったのを踏まえて創設された。
WEB上の地理院地図にある碑の記号にカーソルを合わせると災害の記録がわかるよう整備が進んでおり、現在は全国593基の情報にアクセスできる。地理院地図には、豪雨や台風などの浸水状況を説明する機能もあり、あわせて使えば碑の分布と被災地の重なりも見えてくる。
紙地図は売り上げ減少が続き、「紙の地図を扱う専門店も閉店や廃業している」(地図研究家の今尾恵介さん)。地図でもWEBの有効活用が大切になっている。
(田中早紀)
[NIKKEIプラス1 2020年9月26日付]
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