高齢がん患者の「耐える力」事前評価 治療に生かす

認知機能のチェックに加え、持病や同居する家族の有無や、抑うつ傾向などの精神状態、直近の栄養状態も考慮。全ての結果を点数化し、抗がん剤の使用量や期間、手術をするかどうかなどの治療の種類や体への負担などを主治医へ提案する仕組みだ。西嶋科長は「標準的に決まった治療より体への負担を落とした方がよい患者も多いし、年齢が高くても標準的な治療を安全にできる人もいる」と機能評価の重要性を訴える。

対象年齢ははっきり定めているわけではないが、年齢が上がってくると健康状態などの個人差が大きくなる傾向があるため、「主治医の判断で60歳代でも詳細な評価を実施することがある」(西嶋科長)。

以前から高齢者の健康状態などの機能を調べてさまざまな病気の治療に生かす動きはあった。治療の影響の差が出やすいがん患者に焦点を当てる形で、東京都健康長寿医療センターの山本寛・呼吸器内科部長らが、肺がんが疑われた65歳以上のほぼ全員を調べてきた。歩行能力や認知機能、精神状態のほか、体幹と手足の筋肉の量も調べる。運動能力などが低下した患者はデイサービスへ通ったり、がんの治療に加えて筋力維持のリハビリや社会参加を促したりする提案をする。

山本部長は「これまでのがん治療では、患者の年齢や元気さを医師が感覚的に判断して治療の種類を決めることが多い」と指摘する。実際に、事前に評価しないと、体が弱った高齢者へ多すぎる抗がん剤を投与して治療を続けられなくなったり、認知機能の低下で治療の内容を理解できずに中止したりすることもあったという。

このような機能評価は島根大学病院や杏林大学病院、国立がん研究センター東病院なども積極的に実施している。

日本人の半数が一生のうちに一度はがんを患う時代。高齢がん患者の健康状態に合わせた治療の重要性が増すが、国立がん研究センターの松岡歩・特任研究員は「実施している医療機関は、まだ少ない」と話す。「きちんと機能評価をすると、1人の患者に40~50分かかる」(山本部長)。時間も人手もかかるため、日常の診療の中で実施するには医療機関の工夫のほか、国などの支援も必要だという。

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普及に遅れ、効果検証始まる

日本で高齢がん患者の機能評価の普及は遅れている。先行するフランスでは、75歳以上のがん患者全員に簡易な評価を実施している。フランスは老年医が多く、各地の拠点で腫瘍医と緊密に協力し、健康状態などに応じて抗がん剤の使用の可否や種類を決めている。米国でも数十以上の病院が、機能評価を活用している。

普及への鍵を握るのが、機能評価の効果の検証だ。米国やフランス、カナダでは効果を調べる臨床試験が進行中だ。抗がん剤の副作用が減り、患者の満足度が向上したという報告が出ている。

国内でも島根大学の津端由佳里講師らは2019年10月に、臨床研究を始めた。75歳以上の1000人以上の肺がん患者を対象に、治療の満足度や生活の質(QOL)の変化、治療をやり遂げる人の比率などを調査。全国の81施設が参加し、23年末にも結果を公表する。津端講師は「機能評価が有用だと分かれば、普及につながる」と期待する。

(草塩拓郎)

[日本経済新聞朝刊2020年9月7日付]

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