書体・レイアウト、新技術で改革 電子書籍読みやすく

「読書アシスト」は自動で階段状に改行し、読みやすくレイアウトする(芥川龍之介「羅生門」から)
「読書アシスト」は自動で階段状に改行し、読みやすくレイアウトする(芥川龍之介「羅生門」から)

スマートフォンやタブレット、パソコンなどを通じた読書を快適に変える新技術が相次いでいる。紙の本とはひと味違った読み心地を目指す改革は、電子書籍の新たな可能性を示す。

「電子書籍は全てが同じ見栄え。こういう読者に届けたい、という作者の思いを担保するパッケージがなかった」

7月、電子書籍に参入した出版社の星海社(東京・文京)。太田克史社長はこれまで漫画などを除き電子化せずにいた理由をそう話す。だが、その利便性は自身も実感するだけにもはや無視できない。「では何から変えるか。考えたとき、出版文化の根源である書体がテーマに上がった」

生み出したのは電子書籍専用のオリジナルフォントだ。アマゾンのサービス「キンドル」で販売する作品で導入し、通常フォントと選択できるようにした。開発を担当した星海社の紺野慎一氏は「電子の文字と紙の文字では、透過と反射で原理から異なる」と指摘。「電子で読むのにふさわしい書体の議論はまだまだこれからだが、風穴を開けるつもりで現時点の最適解を示した」と力を込める。

星海社の電子書籍用フォントで小説向けの「フミテ」
星海社のすっきりした書体の「なぎ」

曲線的で、余韻を感じさせる小説用「フミテ」、ノンフィクション用にはすっきりした「なぎ」と、2種類のフォントを用意した。かななどで導入し、漢字は凸版印刷が開発した既存の「凸版文久体」を使う。紺野氏は「電子書籍で使われることを念頭に作った文字」だと言う。

心地よい文字必要

太田社長は「ウェブの文章の多くは短いが、本は一息では読めない。長く走るには良い靴が必要なように、心地よく読書が続けられる文字が要る。電子書籍は読めればいい、という決めつけにメスを入れたい」と意気込む。

大日本印刷(DNP)の「読書アシスト」は、パソコンなどで文章を読む際、レイアウトを調整して読みやすくする技術だ。開発を担当した小林潤平氏は「画面で文字を読む機会が増えるなか、どうすれば快適に読めるか」という問題意識のもと、人の視知覚のメカニズムに基づき、2012年から研究を始めた。

通常の文章は、書き手が任意の位置で改行する。一方、「読書アシスト」は文節によってシステムが自動調整する。冒頭の文字や、一文中の文節を階段状に下げ、1行置きにうっすら背景色がつく。通常は400~600文字といわれている1分間の平均読書速度が、約1000文字まで向上するという。特にビジネスや教育分野を視野に、大量の文字を読む人の利便性向上を図る。

電子書籍への応用も可能だ。同社は10年にオンライン書店hontoを発足。同事業を担当する中島孝浩氏は「もっと速く、多く読めれば読む人が増え、紙の本とは異なる読書経験の充実につながるのでは」との思いがあったという。小説などはレイアウトも作品の世界を構成する重要な要素ゆえ、慎重にならざるを得ないが「読者が受け入れてくれるなら、表示方法を選択できるようにしたい」。

1行をスクロール

スマホでの読書を意識したレイアウトも登場した。デザイナーの岩下智氏が公開する「一行文庫」は縦方向に画面がスクロールする機能を使って小説を改行せずに全文、1行で読めるサイトだ。読みたい行だけにハイライトをかける読書補助具「リーディングトラッカー」が構想のきっかけで、1行に集中することで読みやすさを高めるという。

スマホを意識した「一行文庫」で読む芥川龍之介「羅生門」の冒頭

太宰治「走れメロス」など著作権が切れた名作を主に扱う。「短編がいい。(1行が長く戻って)読み返すのは難しいため、場面転換や登場人物が多い作品は向かない」と岩下氏。「先(の行)が見えない形態は、ホラーに適している」とみて、江戸川乱歩「白昼夢」なども掲載する。1行で読むことを念頭に置いたオリジナル作品も載せた。

出版科学研究所によると、19年の電子出版市場は3072億円で前年比23.9%増と大きく成長した。3割近い伸びのコミックに対して書籍は8.7%増と緩やかだが、伸びしろは大きい。「読み心地が快適だから」デジタルを選ぶ。そんな選択が広がっていくかもしれない。

(桂星子)

[日本経済新聞夕刊2020年9月7日付]

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