まるで妖怪「一反もめん」 埼玉・鴻巣の川幅うどん
埼玉県中央部に位置し、江戸時代は宿場町として栄えた鴻巣市に「川幅うどん」という聞き慣れない名前の食べ物がある。鴻巣を流れる荒川の川幅が日本一であることから生まれたご当地グルメだ。どんなうどんなのか。想像を膨らませながら現地を巡った。
7月下旬、JR高崎線の鴻巣駅東口を出て直進すると、五街道の一つである中山道にたどり着いた。この道沿いにあるうどん・そば店「久良一(くらいち)」こそが、川幅うどん発祥の店だ。店主の小峰久尚さんにお薦めを尋ねると、「1番人気は夏でも『川幅みそ煮込みうどん』です」。半信半疑ながら、その言葉を信じて注文した。
調理場の大鍋には幅広なうどんが次々と投げ込まれていく。うどんの幅は6センチメートルもある。ゆでるのにさぞ時間がかかるだろうと思いきや、厚さは通常のうどんより薄いため、ゆで時間は半分くらいで済む。
いざ食べてみると、歯応えのあるうどんと濃密な味噌ベースのつゆがマッチし、噴き出る汗とともに、箸も止まらなくなる。具材のハマグリもみそ煮込みとの相性がよく、コクとうまみが口に広がる。みそ煮込みが夏でも人気の理由がよく分かった。
2008年、鴻巣市と同県吉見町の間を流れる荒川の川幅2537メートルが日本一と認定された。市は09年7月、「新たな名物を作りたい」と小峰さんにうどん開発を依頼し、「冷製川幅うどん」「川幅みそ煮込みうどん」が誕生した。テレビ番組などで取り上げられるようになり、注目度が高まった。「川幅白だしうどん」を加えた3種類の川幅うどんはそれぞれの味に合うように、幅や厚さを変えている。
「川幅日本一」という荒川の標柱から最も近い川幅うどん店は1999年に開業した「馬力屋」だ。名物は「鴨(かも)汁うどん」。鴨肉の食感と川幅うどんのコシの強さが際立つ。うどんは人気漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する妖怪「一反もめん」のように幅が徐々に狭くなっている。店主の金子富也さんは「食べやすさを追求した結果、この形になった」と語る。
鴻巣市観光協会によると、「川幅うどん」の定義は幅が5センチメートル以上で、現在は11店が提供する。鴻巣駅前の商業施設「エルミこうのす」のフードコートでは「こうのすや つけしん」が柔らかくて喉越しのよい川幅うどんを出しており、家族連れなどに人気だ。見た目のインパクトや話題性に終始せず、うどんの味や質を磨いて着実にファンを増やしている。
あまり知られていないが、埼玉県は「うどん県」の香川県に次ぎ、うどん生産量が2番目に多い。鴻巣市周辺ではコメとの二毛作として小麦を多く生産しており、市内にはもともとうどん店が多かった。県内にには西部の「武蔵野うどん」や小麦産地である熊谷市の「熊谷うどん」など、実に20種類以上がある。「山田うどん」のようなうどん店チェーンも県内にあり、うどんは埼玉の「隠れソウルフード」と言える。2019年には熊谷市で「全国ご当地うどんサミット」も開いた。
(さいたま支局 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2020年8月27日付]
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