好奇心くすぐる散歩術 市区町村の境界で意外な発見
コロナ禍で遠出ができないと気分転換もままならない。だが、散歩道など身近なところでも冒険気分を味わえる。大人の知的好奇心をくすぐる散歩術をプロに聞いた。
散歩のお供が地図。「月刊地図中心」編集長で町歩きツアーを主催する小林政能さんは「市区町村の境目や標高に注目すると良い」と話す。地形図や地図アプリなら標高などがわかるが面白いのか? 小林さんが案内してくれた。
まず訪れたのがJR信濃町駅(東京・新宿)近くの千日坂だ。新宿区と港区の境に沿っている。地図で標高を見ると坂が谷になっていることが読み取れる。「谷の地形が行政区の境目に使われたことがわかる」(小林さん)
神宮球場付近に来ると、小林さんが立ち止まる。「この道を見てください」と指し示したのは港区と新宿区の境界をまたぐ道だ。境界線越しに道路の舗装やガードレールの形などが大きく変化していた。何気なく通る道に面白い景色が埋もれていることを実感した。行政区の境で視覚障害者の誘導ブロックが途切れるなど都市の問題にも気づく。
国立競技場(東京・新宿)の側を通る道も渋谷区と新宿区の境界だ。周辺と比べ標高が低い道は地下水路の「暗渠(あんきょ)」となっていて、渋谷川の一部だったという。道の上を向くと「観音橋」という交差点の標識が目に入り、橋がかかっていたことがわかった。
道すがら、明治時代の測量の基準となる「几号(きごう)水準点」の痕跡なども見つかった。「好奇心をもって道を眺めると、知らなかった町の姿が見えてくる」(小林さん)
古地図を使うと意外な一面に気づいたり、発見したりできる。イラストレーター「山田全自動」として活動する福岡市のウェブ制作会社の社長、山田孝之さんは路上で石碑や面白い形の道を見つけると写真で記録を残す。家などで九州大などが公開する古地図と照らし合わせる。「誰もが知っている歴史上の人物の名残がみつかるなど、宝探しのような楽しさがある」という。趣味で始めた調査を地道に続け「福岡路上遺産」という本を出版した。
地理や歴史以外に散歩道を楽しむテーマは多い。その一つが道ばたで見かける構造物だ。ぱっと思いつくのはマンホールやブロック塀だが、ファンが増えているのが火災発生時にビルの高層階などに消化用の水を届ける送水口だ。形式美自体も楽しめるが、製造されなくなった昭和時代の「ビンテージ送水口」を探すのも楽しい。飾り板に書いてある文字を見ることで、年代を見分けられるという。
8月上旬、消火栓メーカーの村上製作所が設けた送水口博物館(東京・港)の村上善一館長ら愛好家に新橋・銀座付近を案内してもらった。20個以上の送水口に出合い、昭和のごく短い期間に製造されたカタカナ表記の送水口や、使われなくなった後も建物の壁に保存されている昭和初期の送水口などもあった。
村上さんは「古い送水口を調べると、設置当時の町の歴史などが読み取れる」と話す。町中の送水口を定点観測して周囲の景色の変化を観賞したり、送水口の機能性を研究したりすると楽しいという。博物館ではこれまで、ファンが自分の見つけた送水口を語り合うイベントなども開かれた。路上散策の先に新たな交流が生まれるかもしれない。
自然観察は散歩の醍醐味だ。「となりの『ミステリー生物』ずかん」の著者で、自然案内人の佐々木洋さんは「身近な道具と五感をフルに活用することで観察は楽しくなる」と話す。目線を変えて公園の芝生にレジャーシートを敷いて寝そべると、バッタなどの昆虫の顔が大きく見え迫力を感じられる。傘をアタマの後ろで開くと、鈴虫などの昆虫の鳴き声が聞こえやすくなるという。
植物の観察は工夫次第。日本自然保護協会で自然観察指導員を養成する小林今日子さんは、デジタルカメラの拡大機能などを使って植物を拡大することを勧める。「シダ植物の胞子が工芸品のようにみえるなど、構造の美しさを実感できる」という。
視線を変えるだけで、散歩道には面白いネタが埋もれているのがわかる。ステイホームのご時世は、地元の秘密を知り尽くすチャンスだ。
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街角写真、一工夫で味わい深く
「森と街と島の物語」などの写真本を発表してきた街角写真家の佐々木啓太さんに撮影の基本を聞いた。
まず、撮りに出る前にテーマを考えがちだが、視野が狭くなるので何も決めずに家を出る方が良いという。普段よりゆっくり歩くと、被写体が見つかりやすい。撮影したい物を見つけたら角度を工夫しよう。例えば自動販売機は、斜めから撮ると表面に反射した道路の景色も一緒に写せる。白黒は非日常的な雰囲気になり、「逆光で撮影すると光の濃淡が感じられる」という=写真は佐々木さん提供。
佐々木さんは「隠れて撮影せず、他の人から声をかけられたら撮影の目的を伝えるなど、最低限のマナーを守って」と話す。
(荒牧寛人)
[NIKKEIプラス1 2020年8月22日付]
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