ベートーベンはロックスター 生誕250年で斬新な編曲
今年は楽聖ベートーベンの生誕250年。現代の音楽家が斬新なアレンジを加えたり、入門者向けに工夫したりした作品が相次いでいる。クラシックに縁のない若い世代の関心も呼ぶ。
「ベートーベンはいわば最先端のロックスターだった。彼の音楽は現代でも古びない」。そう強調するのは、若手指揮者の水野蒼生(あおい)だ。
帝王カラヤンらを輩出したオーストリアの国立ザルツブルク・モーツァルテウム大学を卒業し、長い金髪の風貌は既存のクラシック音楽家のイメージを覆す。クラシックをクラブミュージックのようにミックスして聴かせる「クラシカルDJ」を名乗り、2018年に名門レーベルのグラモフォンからデビューした。
過去の産物にせず
今年3月に出したアルバム「BEETHOVEN -Must It Be? It Still Must Be―」(ユニバーサル)の中心は交響曲第5番「運命」。冒頭からエレキ弦楽器が奏でる有名な動機に、ドラムがさく裂し、聴き手に衝撃を与える。
「再現芸術であるクラシックは作曲家自身がどう演奏したか追求する。僕はお客さんが初めて聴いたときの驚きを再現したかった」。現代は19世紀とは比較にならないほど音楽があふれ、音量も自在に操れる。「ベートーベンが生きていたら、新しい楽器や技術を取り入れただろう。クラシックを過去の産物にしないための挑戦」と話す。
初期から「傑作の森」と呼ばれる時期の曲を組み合わせて1曲にしたマッシュアップ、晩年の曲のミックスも収め、楽聖の生涯を表現した。「若者が話題にする音楽の中に、自然とクラシックが入るような文化をつくりたい」
ベートーベンは生前から死後まで、常に演奏され続けるまれな存在だ。「第九」「運命」などの有名曲は日本人の日常にも溶け込む。古典ではあるが、斬新なアレンジは新たな魅力に気付かせてくれる。
来日公演も多いドイツのピアニスト、マルティン・シュタットフェルトは8月に「My Beethoven」(ソニー)を発表した。ドイツで発売したセリフを交えてベートーベンの人生や特徴を伝える子供向け2枚組CDから音楽だけを抜粋した。注目は「ベートーヴェンのスケッチ断片による幻想曲」。生誕地ボンにあるベートーヴェン・ハウス協会の依頼で、未完だった曲のスケッチを用いてシュタットフェルトが作曲した。
このスケッチはウィーンに旅する以前、10代で書いたとみられる。「こんなに若い時から明確なアイデアが頭の中にぎっしりあったことに驚かされた。自分がこれまで作曲した中で最も満足のいくものが出来上がり、ベートーベンをとても身近に感じた」
イラン生まれの作曲家アラシュ・サファイアンとドイツのピアニスト、セバスティアン・クナウアーによる「THIS IS (NOT) BEETHOVEN」(ワーナー)はモダンなアレンジで聴かせる。サファイアンは映画音楽で活躍するだけあって、交響曲第7番などをドラマチックに展開する。2人は「愛好家から、クラシック音楽にまだ耳を傾けていない聴き手までをカバーする」と自信をみせる。
入門盤も続々登場
入門盤も多い。「恋におちたベートーヴェン」「我こそは、ベートーヴェン」(キングレコード)は楽聖の言葉に着目した。前者は曲の合間に「不滅の恋人」へ宛てたラブレターをドイツ語と日本語で読む。後者は2人の弟に向けて書いた「ハイリゲンシュタットの遺書」や第九の「歓喜の歌」を朗読する。ドイツ出身で若者に人気の声優、駒田航が声を担当した。
同社の渡菜保子チーフディレクターは「クラシック初心者はわからない曲を続けて聴くのはつらい。音楽では天才でも、恋には煮え切らない面もあるなど、背景を知れば入り込める」と指摘する。
新型コロナウイルス感染拡大のため、多くの公演が中止となっているが、ベートーベンの音楽が鳴りやむことは無い。音楽性や人物像を掘り下げ、これから復活する生演奏に備えておきたい。
(西原幹喜)
[日本経済新聞夕刊2020年8月17日付]
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