新鮮、肉厚、コラーゲンたっぷり 島根・大田の穴子
江戸前寿司(すし)にも使われる穴子。かつては東京湾や瀬戸内海で多く取れたが、現在は島根県が漁獲量約600トン(2019年)で3年続けて日本一だ。餌が豊富な日本海の大陸棚で育った穴子は大きくて肉厚。県内有数の水揚げを誇る大田市では穴子を街おこしにも生かそうとしている。
「新鮮だから身が透き通っているでしょ」。漁港に近い漁師料理店「活海」を訪ねると、店主の竹山克己さんが刺し身を出してくれた。高級な白身魚と見まがうほど。臭みもなく、ほんのりとした甘みが口内に広がる。次はしゃぶしゃぶ。穴子の頭や骨などでダシを取った湯にさっと通し、ポン酢でいただくと、プリプリとした弾力感が味わえる。「穴子はビタミンやコラーゲンもたっぷり」と竹山さん。事前予約すれば、穴子のコース料理を提供している。
新鮮なのには理由がある。大田市には小型漁船が多く、朝に出漁し、夕方には帰港する「一日漁」が盛んだ。大型船で何日か漁をしてから帰港し、水揚げする魚とは「鮮度が違う」と竹山さんは話す。大陸棚の豊富なエビなどを食べて育った島根県産は体長50センチメートル以上の大穴子が多いのも特徴だ。
「道の駅ロード銀山」のレストランでは、大穴子を豪快に1匹使った穴子寿司を提供している。「インパクトのあるメニューを作りたかった」と支配人の渡辺靖子さんはほほ笑む。皿からはみ出そうなほどの大きな穴子に圧倒され、客の多くが食べる前に写真を撮るとか。蒸した後に秘伝のタレを付けて焼いた穴子は柔らかい。「穴子はウナギよりあっさりしていて食べやすい」と渡辺さんは語る。
珍しい穴子の干物を販売しているのは「岡富商店」だ。「試作したら、穴子は一夜干しにしてもおいしくて驚いた」と岡田明久社長。鮮度が良く、肉厚の穴子を使用するからこそ、干物でも白焼きにすればプリプリとした弾力感や身からあふれ出るうま味が楽しめる。東京の有名ホテルのシェフに認められ、食材として一時期採用されたこともあった。インターネット通販でも購入でき、「天ぷらやちらし寿司の具にするのもお薦め」と岡田社長は説明する。
穴子は料理に手間がかかるため、地元ではこれまであまり食べられていなかった。しかし、漁獲量日本一を機に、大田市などは市内の飲食店などに穴子を使ったメニューの開発を働き掛け、提供店は現在20店余りに拡大した。同市は「大田の穴子を全国の人に知ってもらいたい」(産業振興部)としている。
世界遺産「石見銀山」で知られる大田市。郷土料理は穴子ではなく、箱寿司だ。角形の木箱に酢飯、甘辛く煮た具材(シイタケやニンジン、レンコン、油揚げなど)、錦糸卵を順番に入れ、それを何段か積み重ねて上から圧力をかけて作る押し寿司だ。穴子などの海産物はほとんど入れない。
由来には諸説あり、石見銀山の採掘が盛んだった江戸時代に、赴任した代官やその奥方が江戸の味を懐かしんで作ったのが始まりとも言われる。祭りや祝い事には欠かせない郷土の味だ。
(松江支局長 鉄村和之)
[日本経済新聞夕刊2020年8月13日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。