TV発ドキュメンタリー映画 綿密な取材、力強い映像
テレビ局が制作したドキュメンタリー映画が相次ぎ劇場公開され、さらなる注目を集めている。人生を問い、政治に切り込み、社会を活写する。取材を重ねて生まれた映像はどれも力強い。
富山市議会の腐敗
富山市議会でドンと呼ばれた議員が深々と頭を下げる。「飲むことが好き。誘われると断れない」
領収書に自分で金額を書き込み、政務活動費を不正請求した理由を釈明した。「ドン」は辞職したが、ドミノ倒しのように他の議員の不正が判明する。カラ出張、領収書の書き加え……。半年で14人が辞職する事態をカメラはとらえる。
チューリップテレビ(富山県高岡市)制作の映画「はりぼて」(16日公開)は腐敗した議会と市当局に切り込む。記者たちは情報公開請求で入手した9700枚の資料を読み込み、議員一人ひとりに疑惑をただす。議員たちの姿は滑稽で、良くも悪くも人間くさい。
「請求の仕組みに問題があり、モラルの低下を招いた。取材を重ねるうち、議員が完全な悪ではないと思えてきた」と砂沢智史監督は率直に語る。見かけは立派でも中身を伴わない「はりぼて」が実は取材側にも無縁の存在でないとわかり、意外な結末を迎える。
「追及し懲らしめるドキュメンタリーではない。不正がまかり通る原因は何か。国政の縮図にして、ほかの地方でも起きているかもしれない。だからこそ映画で全国公開する意味がある」。もう一人の五百旗頭幸男監督も訴える。
猟師の「生きる」姿
NHK取材班が撮った「僕は猟師になった」(22日公開)は生きるとは何かを考えさせられる。「くくりわな」でイノシシやシカを生け捕りし、気絶させてナイフでとどめを刺す。京都在住の猟師、千松信也氏を丹念に追った。猟は動物との知恵比べ。仕留めたら家族や友人と食べ切る。
「便利な生活をしていると雨の日は面倒に感じるが、猟にうってつけの日。人間も自然の一部ととらえる千松さんに固定観念を揺さぶられた」と伊藤雄介プロデューサー。ナレーションなしのドキュメンタリー番組枠「ノーナレ」で放送したところ反響を呼び、追加取材をして映画化した。
テレビのドキュメンタリーは何となくテレビを見ている「ながら視聴」を意識し、わかりやすく説明的になりがちといわれる。伊藤プロデューサーは「映像で語る『ノーナレ』の目指す世界観がそもそも映画的だった」と言い、五百旗頭監督は「わかりやすさにあらがいたかった」と語る。「世の中は複雑で単純化できない。単純な図式にはめ込み、失われたものもあったはず。楽に見られるものが重宝されるが、それが逆に社会をゆがめていないか」と五百旗頭監督は問いかける。
彼らを刺激したのは東海テレビ放送(名古屋市)だ。体罰が問題になった戸塚ヨットスクールのその後を追った「平成ジレンマ」などを2011年から映画化し注目を浴びた。ニュータウンに住む老夫婦を通して豊かさを問う「人生フルーツ」は1万人でヒットとされるドキュメンタリー映画で26万4千人を動員した。
阿武野勝彦プロデューサーのモットーは「取材対象にタブーなし」。内容に自信はあるが「テレビ的」との言葉で批判され悔しい思いもしたという。「今では東海テレビに外れなし、と言われるほど評価は反転した。一つ一つ丁寧に作らないと」と気を引き締めつつ「手間暇かけ、裸で勝負したドキュメンタリーには常に発見と驚きがある」と力を込める。
(関原のり子)
[日本経済新聞夕刊2020年8月4日付]
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