VRで観劇・ズームで歌舞伎… 「ウィズ配信」時代に演劇再始動(下)

VR映像を配信する演劇「Defiled」。俳優(成河)の隣に球状のカメラがある=西村 淳撮影
VR映像を配信する演劇「Defiled」。俳優(成河)の隣に球状のカメラがある=西村 淳撮影

VR映像で観劇

舞台上に2人の俳優が離れて座っている。そばにはボウリングのボールのような形のカメラ。球状のカメラには360度、全方向にレンズが付いていた。仮想現実(VR)映像のための機材だ。

DDD青山クロスシアター(東京・渋谷)で上演中の2人芝居「Defiled―ディファイルド(リーディングスタイル)」は、劇場での観客を50人に絞りつつ、そのVR映像を数日後に有料配信する。眼鏡のような形のVRグラスをスマートフォンに付けると、俳優が立体的に、現実に目の前にいるかのように見える。

VRグラスを使わなくても、視聴者がカメラを操作して、好きな角度に画面を切り替えて鑑賞できる。「どうせ配信をやるなら、最新のものをと考えた」と江口剛史プロデューサーは話す。20人近い俳優をキャスティングし、日替わりで様々な「2人」を出演させるのも感染症対策の一環だ。

自粛期間中、演劇界でも音楽ライブなどと同様に配信が一気に広がった。初期は過去の公演の無料配信が多かったが、再開期に入り有料配信が急増している。

パルコ劇場(同・渋谷)は人気劇作家、三谷幸喜の新作「大地」を7台ものカメラで撮影、有料で生配信する(8月2日までの毎週末)。「まずはチケットを失ったお客様のことを考えた」と毛利美咲プロデューサーはいう。チケットはコロナ禍の前に完売したが、感染症対策のためすべて払い戻し、約半分を再販売した。見られなくなった観客のため、そして減収分を補うために配信を決めた。

配信専用の作品も制作されている。松本幸四郎主演の図夢(ズーム)歌舞伎「忠臣蔵」は、ビデオ会議システム、Zoomを駆使して7月の毎週末に上演中だ。稽古や本番などをすべてオンラインで行う若手劇団「ノーミーツ」の技術協力を得た。アニメやゲームが原作の2.5次元ミュージカルをヒットさせた松田誠プロデューサーは、クラウドファンディングで約1億6千万円を集め、新企画を練る。

公共劇場も工夫

公共劇場のアイデアも新鮮だ。水戸芸術館(水戸市)などは共同で、宮崎駿の著書「雑想ノート」にある「最貧前線」の世界をイラストや声で描くオーディオドラマを無料配信。静岡県舞台芸術センター(静岡市)は電話で物語を朗読する「でんわde名作劇場」や、介護施設などに小規模なFM放送で朗読やトークなどを届ける「出張ラヂヲ局」を試みる。衛星放送WOWOWの番組「劇場の灯を消すな!」は松尾スズキの総合演出で、飛沫感染を防ぐためのアクリル板を使ったパフォーマンスなどを披露している。

いずれ演劇公演が完全に正常化しても「配信は避けて通れない」との声が過半だ。「ウィズコロナ」の時代は「ウィズ配信」の時代を招いた。政府や自治体の補助金も、配信事業を対象にしたものが目立つ。

しかし、観客数を減らしたまま収支を合わせるのは容易でない。動員力のある三谷幸喜「大地」でさえ、配信を「10万人が見てくれないとペイしない」(毛利プロデューサー)という。配信のチケット代は劇場用の4分の1。それで観客の減少分を埋めねばならず、配信のコストもかかる。

「生配信」だけでなく、料金を払えばいつでも見られる「アーカイブ配信」にすれば視聴者は増えるだろう。しかしそれがエスカレートすれば「本番の公演は1回で、あとは配信ということになりかねない」と、舞台芸術の根幹が揺らぐ懸念もある。使用楽曲の著作権の問題などで、配信に向かない舞台も少なくない。配信とどう付き合っていくか、演劇界も模索中だ。

(編集委員 瀬崎久見子、北村光が担当しました)

[日本経済新聞夕刊2020年7月14日付]

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