雄弁な語りで「命の重み」 黒人作家の印象的な5作品
映画・文学で知る「BLM」(下) 翻訳家・柴田元幸氏
2013年7月、丸腰の黒人少年を射殺した男が無罪になり、公民権運動家アリシア・ガーザが「何度も驚いてしまう、黒人の命がいかに軽いかに(how little black lives matter)」とフェイスブックに書き込んだことで、Black Lives Matterというスローガンは生まれた。
黒人作家たちもまた、「黒人の命がいかに軽いか」に驚きつづけてきたと言っていい。中でも特に印象的な5作を紹介する。
ラルフ・エリスン「広場のお祭り騒ぎ」は『ラルフ・エリスン短編集』(松本一裕・山嵜文男訳、南雲堂フェニックス)収録の短編で、1930年代後半に書かれた。お祭りと聞いて白人少年が広場へ行ってみると、黒人が焼き殺されるのを大勢が見物している。そこへ飛行機が落ちてきて広場は修羅場と化す。少年はすべてを面白がっているが、言葉とは裏腹に、明らかに事態の残酷さに動揺している。リンチを面白がる彼、動揺する彼、今後優勢となるのはどちらか?
作者はこの作品に題名も付けずファイルにしまったまま94年に没し、刊行されたのは死後。執筆当時、白人少年の視点から語ったこの物語を、いまだ無名だった黒人作家が発表するのは不可能だっただろう。
浮かび上がる闇
ジェームズ・ボールドウィン「サニーのブルース」(57年)は『アメリカ短編ベスト10』(平石貴樹編訳、松柏社)などで読める。堅気の高校教師と刑務所帰りのジャズピアニストの兄弟。彼らの父の弟は白人たちに面白半分に殺された。滅茶滅茶(めちゃめちゃ)に壊れた父の弟のギターのイメージと、サニーが弾くピアノとが反復となるか、対比となるか。日曜の夜の親族の集まりの静かな描写を通して、黒人たちの生を包む闇が浮かび上がる一節が素晴らしい。
ボールドウィンは近年ドキュメンタリー『私はあなたのニグロではない』(DVD オデッサ・エンタテインメント)でも人種問題の導き手として尊ばれている。
トニ・モリスン『ビラヴド』(87年、吉田廸子訳、ハヤカワepi文庫)。南部から逃亡してきた母と、逃亡途中に生まれた娘が、幽霊と共に暮らす家。幽霊はやがて「退治」されるが、代わりにビラヴドと名のる不思議な娘が現れる。悲惨で残酷な出来事の数々を語りながら、どこかおとぎばなしのような幻想性を帯びた、過去・現在・未来の境界も、生死の境界すらも曖昧になった豊かな物語世界。
エドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』(03年、小澤英実訳、白水社)。南北戦争前のバージニアで、自由になった黒人が他の黒人を奴隷として所有していたという史実に基づく大作。罵りもせず赦(ゆる)しもせずに多くの生の交叉(こうさ)を語る、旧約聖書のような風格。個人的には目下、21世紀アメリカ最高の小説。
劇画のような展開
ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー「フィンケルスティーン5」(16年)は今年邦訳が出た『フライデー・ブラック』(押野素子訳、駒草出版)掲載の短編。ショッピングモールで普通にシャツを買っても万引き扱いされ、つねに自分の「黒人指数」を意識して生きている黒人の若者。これに、冒頭で触れた射殺事件を明らかに踏まえた、黒人の子供5人をチェーンソーで殺した男の裁判の模様が並行して語られ、後半はほとんど劇画のような呆然(ぼうぜん)とさせられる展開。コミュニティを侵入者から護(まも)る者の快感に浸れる暴力的テーマパークを描いた「ジマー・ランド」も衝撃的。
アリシア・ガーザは「私たちの人生には意味がある(Our lives matter)」の一言で書き込みを結んでいた。これら黒人作家たちも、その雄弁な語りを通してOur lives matterと訴えている。
1954年東京都生まれ。東京大学名誉教授。『メイスン&ディクスン』(日本翻訳文化賞)など訳書多数。
[日本経済新聞夕刊2020年7月7日付]
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