ステレオタイプ、どう生まれたか 映像で伝える4作品
映画・文学で知る「BLM」(上) 富山大学教授・赤尾千波氏
「Black Lives Matter(BLM)」を掲げる人種差別への抗議運動が米国から世界に広がっている。複雑な背景を理解するのに役立つ映画や文学を専門家が2回にわたり紹介する。
BLMとは何か。ことの起こりは、2012年におきた黒人高校生の殺害事件である。武器を持っていなかった彼を射殺した自警団員の男性は、正当防衛が認められ無罪となる。それを聞いた黒人女性がSNSに投稿した文章「黒人の命は大切だ!(ブラック・ライブズ・マター)」にハッシュタグが付けられ、世界中に広まった。
そもそも「黒人男性は野蛮で危険」というステレオタイプはどこから来たのか? 読み解く鍵が「ブラック・クランズマン」(2018年)にある。
同作は白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)に潜入捜査した黒人刑事の実話を映画化した。1970年代のコロラド州を舞台に、南北戦争後に発足、現在も存続するKKKの団員(クランズマン)の活動と、拮抗するブラックパワー運動、地元警察内部の人種差別などが絡みつつ展開する。KKKによる苛烈な暴力を中心に据えつつもユーモアに溢(あふ)れ、スパイク・リー監督ならではのエデュテイメント(教育+娯楽)作品となっている。
黒人の老人がKKKに虐殺された友人の話をする場面では、背後に黒焦げの死体写真が掲げられ、それが現実に起きた事件だと分かる。友人は白人女性レイプ殺人の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられた。彼にリンチを加えた犯人たちを勢いづかせたのは、前年に公開された映画だったと老人は言う。
黒塗りのメーク
その映画とはD・W・グリフィス監督の「国民の創生」(1915年)。KKK創設の正当性を訴える作品で、黒人ステレオタイプ誕生の背景を知るには好適だ。
黒人の登場人物を演じるのは、かつてのミンストレルショーと同様、化粧した白人俳優で、黒塗りメークの元祖といえる。愚劣さを誇張したその姿に、BLM運動で問題視される「黒人男性は野蛮」というステレオタイプを人々に植え付けようとする映画製作者の作為が見てとれる。奴隷解放後、黒人たちが増長、ついに白人女性に手を出そうとする輩(やから)が現れたので、KKK創設者らが立ち上がり懲らしめたというストーリーは、公開当時から批判の的となった。
植え付けられたステレオタイプに苦しむ黒人男性の姿を描いたのが「ブラインドスポッティング」(2018年)だ。職場の同僚で幼馴染(おさななじみ)である黒人青年コリンと白人青年マイルズの日常を描く。
2人は白人男性と喧嘩(けんか)して重傷を負わせてしまう。だが、逮捕・収監されたのはコリンだけだった。まもなく指導監督期間が終わるというとき、コリンは黒人男性が白人警官に背後から撃ち殺されるのを目撃。どこか無関心なマイルズと逆に、コリンは殺害場面の悪夢を見て憔悴(しょうすい)していく。
痛感するのは白人は自らの人種を意識せずとも生きていけるが、黒人、特にコリンのような屈強で大柄な男性は、常に犯罪者と思われるのではないかと警戒しながら生きねばならない辛さである。同じものを見ているつもりでも、視点が違えば見え方が異なり、盲点(ブラインドスポット)が生まれるのだ。
等身大の黒人像
「ヘイト・ユー・ギブ」(18年)は現在のBLMに直接つながる作品だ。主人公スターは、白人生徒の多い私学に通う黒人女子高生。常に白人ウケを考え優等生としてふるまう彼女だが、ある夜、幼馴染の黒人少年カリルが白人警官に撃ち殺されるのを目撃する。
カリルの死に動揺し、黒人として生きる現実を突き付けられたスター。抗議デモの参加者を強硬に鎮圧する警察を前に、ついに立ち上がる。「カリルがどう死んだかではなく、どう生きたかが大事! 彼は生きていた!」という叫びは、BLMの主張に符合する。
スターの両親、黒人の警官や弁護士が、それぞれの視点で語る場面も見どころだ。現代アメリカに生きる等身大の黒人像が見えてくる。
茨城県出身。富山大学教授。専門はアメリカ文学・文化。著書に「アメリカ映画に見る黒人ステレオタイプ」。
[日本経済新聞夕刊2020年7月6日付]
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