このクロスモーダル効果に関して、気になっていることがある。「かき氷のシロップ(無果汁)はみな同じ味で、色と香りが違うだけ」という都市伝説だ。

噂を調べるため、高性能の味覚センサーを持つ味香り戦略研究所(東京・中央)を訪ねた。主席研究員の高橋貴洋さんは「昔、駄菓子屋などにあったシロップは全部同じ味です」と言う。本当だった。ただ、「かき氷用として現在販売されているシロップは糖と酸の割合を調整して味も変えている」。それでも「色と香りの違いが人間の味覚に与える影響は大きい」。

試してみた。レモン水にイチゴの香料を足すと、イチゴ味になる。ゲラニオールというレモンの皮などに含まれる苦みの強い香気成分を少し加えると、途端に「果実感」が増して高級な味わいになる。不思議な感覚だ。ゲラニオールにはニオイを抑制する効果もある。近年のレモン系飲料ブームの背景には「ニオイが強いアジア系やジビエなどクセの強い料理が人気になり、ニオイを中和する効果がある」と高橋さんは分析する。

高級な香水では、スカトールという便のニオイを少し加えることで奥深い香りを実現する手法が知られる。嗅覚は、五感で最も強く本能や生体反応と結びついているといわれ、日本酒のフルーティーな香りにリラックス効果が確認されたとの研究成果もある。

ディフーザーを近くに置いて、自分だけの仕事空間を体感してみた(ポイントゼロ マルノウチ)

在宅勤務を想定し、実証実験のシェアオフィスでリラックスできる香りに固定したディフーザーを近くに置いてみた。自分だけの空間は新鮮な感覚だ。観葉植物が飾られ、鳥のさえずりも聞こえる。窓の外にはレンガ造りが美しい東京駅の駅舎も望める。香りはかすかだがクロスモーダル効果が影響しているに違いない。在宅勤務や在宅授業が定着すれば、香りの効果はより重視されるだろう。

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匂いと臭い

良いにおいは「匂い」と書き、悪いにおいは「臭い」と書く。ともに記憶の中で人と結びつく。2020年のアカデミー作品賞を受賞した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」は臭いを描いている。豪邸に潜む貧困家族の存在に住人が臭いで気づく。臭いは韓国の階級社会を象徴している。怖い場面だ。

こちらは匂いの話。中学から高校に進むと教室がいい匂いになった。原因は女子。すれ違ったときの残り香にドキドキした経験は男子ならあるだろう。その正体が制汗剤であることを知ったのは大人になってからだ。制汗剤にときめいていた間抜けな、でも甘く切ない思い出だ。

(大久保潤)

[NIKKEIプラス1 2020年7月4日付]