オンライン公演に活路 解説付き・投げ銭…工夫凝らす
「ウィズコロナ」のクラシック(下)
10日、無観客のサントリーホール(東京・港)に、チャイコフスキー「弦楽セレナード」のドラマチックな旋律が響いた。同ホールが日本フィルハーモニー交響楽団と共同で開催した有料のオンライン公演だ。
一般向け視聴券は1000円で、視聴者は約500人。同ホール総支配人の折井雅子は「どれぐらいの事業規模で配信を展開できるかわからないが、可能性を追求したい」と語る。コロナ禍で表現の場も手段も失うという非常事態。多くの音楽家やオーケストラなどが配信に活路を求める。
ファン拡大に期待
人気ピアニストの辻井伸行は5月、動画サイトのユーチューブに公式チャンネルを開設。無料動画の好評を受け、6月から有料のオンラインコンサートを始めた。リスト「ラ・カンパネラ」を披露した21日は3600人超が視聴。マネジメントを担うエイベックス・クラシックス・インターナショナルの中島浩之社長は「実際のコンサートよりも若い層を開拓できている。コンサートとオンラインを両方展開できればファン層を広げられる」とみる。
観客を入れたホール公演が再開しても、当面は感染対策で満員にはできない。リアルの公演に有料配信を組み合わせたハイブリッド型コンサートは、収入を補う手段になり得る。
ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市)は7月23日~8月10日に開く音楽祭「フェスタサマーミューザ」で、リアルの公演と有料配信を両輪に据える。日本フィルも7月の演奏会から同様のハイブリッド型に取り組む。理事長の平井俊邦は「音楽を通じ、地方とコミュニケーションがとれるのではないか」となじみの薄かった地方のファン獲得に期待をかける。
配信は収益の柱になり得るか。グロービス経営大学院准教授で声楽家でもある武井涼子は「動画ならではのものを見せる構成がポイント」と指摘する。自らが中心となり開催する声楽家のワークショップ「東京インターナショナル声楽アカデミー」が中止になり、6日に有料配信のオペラ・ガラコンサートを開いた。
リアルにない魅力
4、5月の試験配信を通じて音楽評論家の解説、歌い手の顔やピアニストの手元がよく見えるカメラアングルなど、リアルの公演とはひと味違う動画のノウハウを蓄積。実績のある放送作家も入れて番組を制作した。出演者はソプラノの森谷真理ら第一線で活躍する音楽家ばかり。チケットは3800円とリアルの公演と同水準だったが、460人超が視聴した。出演料をまかなえる収入だという。
「今の歌は何語ですか」といった視聴者の質問に歌手が即座に答えるなど、配信ならではの双方向性も生まれた。公演に足を運びづらい子育て世代にも好評だったという。7月にも有料配信を予定する。
クラシック専門の配信サービス「カーテンコール」はこれまで、山形交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団といった地方オケのライブ演奏を配信してきた。現在は無料だが、秋以降に有料化し「投げ銭」もできるようにする。
21日に山響の無観客公演を配信し、楽団が地元の旅館や名産品を紹介した。有料化後は、名産品などを通販できるようにして多機能化を進める。山響専務理事の西浜秀樹は「楽団を核に地域の観光や産業を発信すれば協賛企業の獲得にもつながるのでは」と話す。
音楽そのものを比べれば生の演奏・歌唱に勝る配信はないだろう。配信が当たり前になれば、飽きられる可能性もある。だが、音楽を通じたコミュニケーションの活性化、他サービスとの連動など、新たな価値が生まれる可能性がある。
(西原幹喜が担当しました)
[日本経済新聞夕刊2020年6月30日付]
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