小児科で治療中の慢性患者、成人診療科に移る不安軽く
小児がんなどの治療中に成年期を迎えた患者が小児科から成人診療科へ円滑に移行できるよう、地域が支援体制を整備する動きが広がる。大阪府、千葉県などは移行を支援する拠点を開設。岩手県では地域が一体となり、小児患者に病気への理解を促すアプリの導入を目指す。診療科の切り替えは適切な医療提供につながるとされ、厚生労働省も自治体の取り組みを後押しする。
千葉大学医学部付属病院(千葉市)は、診療科の移行を支援する「千葉県移行期医療支援センター」を総合病院で唯一設置している。2019年10月に県の委託を受けて開設した。開設以来、県内で約10人の移行を実現した。副センター長を務める竹内公一・地域医療連携部長は「地域全体で患者とその家族を支えていく体制の構築を目指す」と話す。
小児期に発症した慢性疾患を持つ患者が成人が通う診療科にスムーズに移れるよう橋渡しするとともに、自立して自分の病気を管理できるよう支援。患者からの問い合わせや相談に応じるほか、小児科医と成人診療科医の連携を促す役割を担う。
スタッフは小児科、成人診療科などの医師10人と薬剤師1人、看護師2人、社会福祉士の資格を持つ「コーディネーター」1人、事務1人など。コーディネーターが患者のニーズなどを受け、転科のための調整を受け持つ。
移行期医療支援センターはその他、大阪母子医療センター(大阪府和泉市)、埼玉県立小児医療センター(さいたま市)、国立病院機構箱根病院(神奈川県小田原市)が19年4月以降、それぞれの府県の委託を受けて開いた。
診療科移行の重要性が認識され始めた背景には、医療技術の進歩がある。厚労省によると小児期に発症した疾患の死亡率は、1955年には10万人当たり約3300人だったが、2015年には約260人に減少した。一方で、治療期間が長期化し、治療の途中で成人を迎える患者が増えているという。
そうした人が成人後も小児科にかかり続けるケースは多い。同省が補助した研究事業での16年度調査では、小児を対象としている医療施設の患者で、20歳を超えても継続して受診している人の割合は約5%だった。
ただ、成人後には生活習慣病などを併発する場合があり、小児科医での対応には限界がある。適切な時期に内科などの成人診療科に切り替えることがふさわしいとされている。
厚労省は日本小児科学会の提言を受け、個々の病気の特性などを踏まえた「疾患別ガイド」の作成や移行期医療が必要な患者数の調査などのモデル事業を15~17年度に展開。18年には都道府県に移行期医療支援に関する通達を出し、全国に移行期医療の支援センターの整備を促した。
一方、岩手県での取り組みは、小児患者が大人になるまでに自分の慢性疾患を医師に正確に説明できるようになることが目的だ。岩手医科大学(岩手県矢巾町)、NTT東日本岩手支店などが参加。岩手医科大付属病院が小児患者にアプリを提供し、今年1月に実証実験を始めた。
患者に貸し出したタブレット端末の画面に現れるキャラクターが治療や検査の内容について説明したり、励ましたりする。これにより自分の疾患を正しく理解して不安が軽減できるか、治療に前向きになれるかなどを検証する。
NTT東日本では「移行期医療を支える新たなツール」と位置づける。現在は新型コロナウイルス感染症拡大の影響などで実験は中断しているが、終息後に再開を目指す。
移行期医療の普及に向けた動きも活発だ。厚労省は国立成育医療研究センターを事務局に、移行期医療支援者養成研修事業を展開し、テキストの作成などに取り組んでいる。
各医療機関も小児疾患の患者に成人後の診療科変更に関するパンフレットを作成するなど、相談を呼びかけている。
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医師の連携など課題
移行期医療の重要性は徐々に認識されつつあるが、小児科から成人診療科への転科には課題も多い。多くの医療関係者がポイントとして挙げるのは、患者の理解や医師の連携などだ。
厚労省が18年に実施した小児慢性特定疾病の患者(20歳以上も含む)とその保護者を対象にしたアンケートによると、成人診療科への受診に関し「不安・困難がある」と回答した人は57%に達し、「不安・困難はない」を上回った。
その理由としては、「受診できる診療科があるかどうか不安」が最も多かった。次に「小児科受診中に自分(または子供)の病気のことをもっと知っておきたかった」が続いた。
千葉県移行期医療支援センターの竹内副センター長は「移行期医療の実施は一般的な医療連携よりも複雑」とみる。その理由として、患者を受け入れる地域の医師に役割を理解してもらうことや、患者とその家族に混乱なく転科してもらうことの難しさを挙げる。同センターでコーディネーターを務める市原章子氏も「小児科医と成人診療科医の間に、治療に対する考え方の違いがある」と話す。
厚労省は移行期医療支援センターを全国で整備したい考えだが、今後普及していくかは未知数だ。これまで注目を浴びてこなかった医療分野だけに、その意義を患者や医療関係者に広く周知していくことが重要だろう。
(西村正巳)
[日本経済新聞夕刊2020年6月29日付]
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