シュンペーター没後70年 復活本で問い直す革新の意義
『経済発展の理論』初版の邦訳(右)と『資本主義・社会主義・民主主義』を取り上げた『英語原典で読む現代経済学』
2020年は、イノベーション(革新)の理論を確立した経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターの没後70年にあたる。今も根強い人気があるシュンペーターの原典に立ち返り、思考の軌跡をたどってみたらどうだろうか。
企業家による革新・新結合の遂行こそが経済発展の原動力だと説いた代表作『経済発展の理論』の邦訳(塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、全2巻、岩波文庫、1977年)は26年に刊行した第2版が底本である。初版の発刊は12年で、第2版では初版に対する批判に答え、イノベーションの基本構造を説明する第2章をほぼ全文にわたって書き直したほか、「国民経済の全体像」と題する第7章をカットした。
第7章は、静態と動態の比較や、経済と社会の相互依存などがテーマで、第2版の序文で「その中に示された文化社会学の断片は、読者の注意をともすれば無味乾燥な経済理論の問題からそらせるもの」と自己診断し、本意ではないと表明している。そこで「経済史に関する著書」と受け取られがちな初版を衣替えし、経済理論の専門書として再び世に送り出した第2版が広く流通したのは、本人の望み通りだったろう。ただ、初版で展開した論考にも価値を見いだす専門家は多く、初版の邦訳(八木紀一郎、荒木詳二訳、日本経済新聞出版、2020年5月)がこのほど完成した。
「シュンペーターは(当時の)経済学の本流であるアルフレッド・マーシャルやジョン・メイナード・ケインズと対決して独創性を発揮しようとした経済学者。まず理論家として評価したい」(京都大学の根井雅弘教授)との声は少なくないが、ケインズ革命の嵐の中でシュンペーター理論はかすんでしまう。
『経済発展の理論』初版で政治、芸術、科学、社交生活、道徳観といった領域にも視界を広げていたシュンペーターは晩年、経済思想の研究に舞い戻る。根井氏は近著『英語原典で読む現代経済学』(白水社、20年6月)で、シュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』(1942年)を取り上げ、原著の英文と邦訳を対比させながら含意を解説している。同書の資本主義衰退論は「純粋に『経済的』な要因ばかりでなく、『非経済的』要因をも射程に入れた経済社会学の領域に入っている」と注意を喚起する。
ケインズに水をあけられ、複雑な思いを抱きながらも創作を続けたシュンペーターは、後世に豊かな知的資産を残し、影響を与え続けている。
(編集委員 前田裕之)