国内20万人超す潰瘍性大腸炎 重症患者にも新薬の福音
大腸に炎症が起きる難病の「潰瘍性大腸炎」を効果的に治療する新薬が相次ぎ登場した。標準的な治療で使うステロイドが効かない場合の選択肢が増え、中等度から重症の患者にとって福音になっている。一方で、薬の使い分けについての明確な基準がまだ無く、治療現場では模索が続いている。
兵庫県に住む20歳代の女性は潰瘍性大腸炎を患い、兵庫医科大学病院(兵庫県西宮市)を受診した。ステロイドや複数の医薬品を使ったが、副作用が出るなどして症状が思うように改善しなかった。田辺三菱製薬の「ステラーラ」を使うと、症状が速やかに改善した。現在は大阪医科大学付属病院(大阪府高槻市)へ通院し、治療を続けている。
潰瘍性大腸炎は大腸の粘膜に炎症が生じ、ただれや潰瘍ができる難病だ。下痢や血便などの症状が出て、日本に20万人強の患者がいる。詳しい原因は不明だが、免疫の仕組みがかかわると考えられている。20~40歳代が発症のピークだが、大阪医科大学の中村志郎専門教授は「近年は食生活の欧米化などで子どもや高齢者で患う人も増えている」と話す。
今年に入って、田辺三菱のステラーラが潰瘍性大腸炎向けで使えるようになり、同社の「シンポニー」が在宅の注射で使えるようになった。いずれも抗体を使う医薬品だ。
潰瘍性大腸炎の患者は、まず腸などの炎症を抑える「5-ASA製剤」を使う。これが効かない人はステロイドを使う。これらの薬で6~7割の患者が症状を緩和できる。ステロイドを使うと顔がむくれたり、太りやすくなったりする副作用が出る。症状が改善すれば量を減らすが、途中で再び悪化することがある。この場合は他の免疫を抑える薬を併用する。
ステロイドが効かない中等症から重症の患者は、2010年ごろまでは血液中の顆粒(かりゅう)球や単球などを取り除くか、大腸などを切除していたが、患者の負担は大きい。だが、ここ10年で様々な治療薬が現れ、選択肢が格段に増えた。その代表例が、免疫を活性化して潰瘍の炎症を起こすたんぱく質「TNFα」の働きを阻むTNFα阻害薬だ。
シンポニーはこの阻害薬の最新型で、関節リウマチの治療薬として使われてきた。下腹部か太ももの皮下へ注射で投与する。潰瘍性大腸炎向けに欧米や日本、インドなどの25カ国で約1千人の患者で臨床試験(治験)を実施。40~50%の患者で効果が出た。短期間で症状が治まった人は約20%だった。17年に適用され、今年4月には在宅での注射も保険の対象になった。遺伝子を改変しない完全なヒトの抗体のため、アレルギー反応が出にくく、効き目も落ちにくい。
同じくTNFα阻害薬としてヒュミラとレミケードが知られている。ヒュミラはゆっくりと効果が出る場合があるため症状が比較的穏やかな患者に、点滴で投与するレミケードは重い症状の人に使うことが多い。中村専門教授は「シンポニーは中間程度の症状の人に使う」と話す。
最初の投与の後は2週間後に、それ以降は4週間に1回投与する。薬価は1回目が約48万円、2回目以降は約24万円。指定難病の医療費助成を受ければ、投与する月の患者の自己負担額は3万円以下になる。在宅で使え、通院などの負担が軽くなる。
一方、ステラーラはクローン病などの治療に使われてきたが、3月に潰瘍性大腸炎向けに適用を拡大。田辺三菱の森野茂樹・営業本部炎症免疫部部長は「炎症を長期化する免疫細胞を活性化する2種類のたんぱく質に結合して働きを阻む」と説明する。
欧米や日本、韓国など24カ国で実施した臨床試験には延べ1700人以上が参加した。6~8割の患者で、症状を改善する効果が出た。短期間で症状が治まった人は15%にとどまったが、1年間投与すると4~5割まで増えた。
1回目は静脈に点滴で投与するが、2回目以降は皮下へ注射する。皮下注射は12週間おきだが、効果が弱まれば8週間間隔でも使える。シンポニーと同様に医療費助成で、月の自己負担は3万円以下になる。
ステロイドに代わる治療法は着実に増えている。1980~90年代に免疫の基礎研究で得られた知見が、21世紀に発展した抗体医薬の創薬技術などで次々に具現化したためだ。中村専門教授は「潰瘍性大腸炎とクローン病を合わせて、日本では20件以上の新薬の治験が進行中だ」と話す。今後も新薬の登場は続く見込みだ。
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順番や使い方の模索続く
近年、潰瘍性大腸炎の治療薬の選択肢は飛躍的に増えた。問題は全てが中等度から重症の潰瘍性大腸炎向けとされ、使う順序やどんな症状の患者にどの薬を使うのか、明確に決まっていない点だ。大阪医大の中村専門教授は「診療では、治験よりも幅広く薬を使うことが多い」と話す。まだ症状が重くない人にも効果を期待して新しい薬を処方する傾向があるという。
ただ多くの患者に使われると、知られていなかった副作用などが顕在化したり、患者も多くの情報で迷ったりする可能性もある。治療現場での情報を集めながら、使い方について「目安となるガイドラインのようなものがいずれ必要かもしれない」(中村専門教授)という。
潰瘍性大腸炎の原因解明も必要だ。日本の人口当たりの患者数は1990年ごろは米国の約1割だったが、現在は5割まで増えた。軽症の患者が医療助成を受けにくくなっているとの声も出ている。病気の原因を追究し、患者の増加に歯止めをかけることも重要だ。
(草塩拓郎)
[日本経済新聞朝刊2020年5月25日付]
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