新型コロナで未曽有の危機 長年の慣習が足かせに
止まった文化 フリー・中小事業者は今(下)
「夏に納品したら、冬くらいには振り込まれるはずだった」。人気ロックバンドのコンサートツアーに同行して撮影する仕事がなくなったカメラマンは、そう嘆く。失った報酬は「たぶん50万~60万円」。明確な契約はなく、あくまで過去の経験から推測した額だ。「この収入がコロナでなくなったと示せといわれても、証明できない」
口約束慣習が裏目
フリーランスの場合、こうした口約束での仕事が慣習になっている例は珍しくない。事前に相手と書面で業務内容や報酬を細かく定めている人は多くないのが実態だ。この慣習が今回、大きな足かせとなった。新型コロナウイルス感染症による影響がどの程度生じたかを証明するのが難しく、給付金の条件策定に時間がかかった。
俳優・声優らが所属する日本俳優連合が4月に実施したアンケート調査でも、新型コロナで仕事がキャンセルになったのを「証明できる書類がある」と答えた人はわずか4%。メールなど電子記録がある人も48%にとどまった。
仕事を失い、補償もままならぬ未曽有の危機。やむにやまれず長年の慣習を見直す動きが出てきた。
若手の音楽家らが集まる勉強会「庭園想楽」。新しいアンサンブルを模索するという音楽的な目的でスタートしたが、コロナで一斉に仕事がなくなり、労働環境に関心が向く。発起人の一人である指揮者の石川星太郎氏は「依頼を受けた側からは『(報酬は)いくらですか』と聞きにくい雰囲気がある」と明かす。
事務所に所属しているような有力アーティストならば明確に報酬が定まっている場合もあるが、基準はケースバイケースで曖昧になりがちだ。何よりアーティスト自身も「金の話をすべきではない」という思いは根強かった。
5月からは「音楽の価値」をテーマに、労働問題の専門家、音楽業界に携わる演奏家以外の人らを講師に招き、ビデオ会議などを通じて議論する。曖昧だった業界の収益構造を学び、金銭の流れを知る。そして自らの生み出す音楽が、社会の中でどんな価値を持つのか自問していくという。
その問いかけは、「不要不急」とされ、批判さえ浴びた文化・芸術の業界にとって重くのしかかる共通課題でもある。
業界越えた連携も
ジャンルごとに細かく分断されていた業界も、連携を模索する。4月に脚本家や俳優、照明、衣装などのスタッフらが賛同し「舞台芸術を未来に繋ぐ基金」が発足した。クラウドファンディングで寄付を募り、当面は新型コロナで苦境にある舞台芸術関連の人を支援する。大きな財団では助成しにくい中小事業者や個人を中心に支援し、感染拡大が収束した後も基金を様々な危機時に活用していく。
事務局を務める映像・舞台公演制作のconSeptは「舞台芸術は音楽、美術、映像などあらゆる分野が集まる総合芸術。これまで災害など危機の度に、分野ごとに小規模な支援組織が生まれては消えてきたが、永続して横断的に支える仕組みが必要」と話す。クラウドファンディングやネット動画を通じた「投げ銭」といった支援に頼るだけでなく、業界自体の自助努力も欠かせないとみる。
今回、音楽や演劇関係者らが公的支援を訴えた際、世間からは「自分たちを特別扱いするな」と強い批判が沸き起こった。新型コロナ後の社会を想定した「新しい生活様式」は、文化・芸術イベントでは実現が難しい項目もあり、クラスター(感染者集団)発生の懸念が依然くすぶる。
内向きだった業界は今、急速な変化を求められている。文化・芸術を未来につなぐには、一般市民の理解も得ながら、変わりゆく社会で共存していかなければならない。
(岩本文枝、西原幹喜、北村光が担当しました)
[日本経済新聞夕刊2020年5月19日付]
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