遠いライブハウス復活 支援策増えるも人件費抑制の壁
止まった文化 フリー・中小事業者は今(上)
新型コロナウイルス感染拡大で音楽や演劇などのイベントが止まって3カ月近く。活動の場と収入が途絶え、文化の現場を担うフリーランスや中小事業者はかつてない不安と生活難に直面している。
「仕事なんて何もない」。そう語るのは、東京都内のライブハウスを中心に、20年以上フリーの音響エンジニアとして働いてきた一色藍氏だ。
給付金などの公的支援策をできるだけ活用するつもりだが「仮にライブハウスの営業が再開されたとしても、多くは人件費の抑制に動くだろう。我々のようなフリーには当面、仕事が回ってこないかもしれない」と嘆く。正常化までに二重、三重のハードルが横たわり、展望は見えない。
安倍晋三首相が新型コロナの対策本部で、文化やスポーツといった大規模イベントの開催自粛を求めたのが2月26日。その後、狭い場所に多数の人が集まる音楽や演劇、映画などを上演する文化施設は相次いで営業を休止した。
「収容200人前後の『小箱』の場合でも、1カ月に抱えた損失は200万~400万円になる」。DJなど約20組のアーティストが所属するマネジメント会社を経営するナズ・クリス代表は、苦境に立つライブハウスの経営状況を分析する。営業休止が長引けば、損失は倍々で膨らんでいく。給付金や休業補償などの公的支援は一部の補填にしかならない。
3月から仕事ゼロ
「我々の所属アーティストも3月から仕事はゼロ。クラウドファンディングでも、個々のアーティストまでは支援できない」(ナズ・クリス代表)。後1、2カ月この状況が続けばアーティストは転職せざるを得ない、とみる。
14日には39県で緊急事態宣言が解除されたが、多くのアーティスト、事業者が拠点とする大都市圏での見通しはいまだ立たない。
2005年に始まり、都市部の複数のライブハウスで音楽や映像、ダンスなどの様々なアーティストが集うイベント「シンクロニシティ」。今年は4月3~5日に東京・渋谷で開く予定だったが、3月26日に中止を決めた。準備費用は全て損失だ。主催するアーストーンはオンラインでのイベント開催を探るが「いつ事業を再開できるか分からない」と麻生潤代表は語る。
東京・渋谷で「クラブエイジア」など4店舗のライブハウスを運営してきたカルチャー・オブ・エイジア。3月26日から営業を休止し「コロナの収束が見えないまま、4店舗の家賃と人件費を払い続けるのは難しい」(クラブエイジアの鈴木将店長)と5月末で3店舗を閉店すると決めた。1996年の1号店を皮切りに、渋谷のクラブカルチャーを担ってきた老舗だ。
「閉店を決めたことは申し訳なく、今でも戸惑いがある」。鈴木店長は様々な事業者への支援を呼びかける署名活動の一環で開かれた記者会見に登壇し、苦渋の表情で語った。「生命や衣食住の確保が最優先だとは思うが、このままでは1、2年後に全国のライブハウスが終わってしまう」
「緊急」解除でも
緊急事態宣言が解除された地域でも、すぐにもとのように活動できるわけではない。プロ合唱団の東京混声合唱団は首都圏だけでなく、11月の地方公演も一部中止になった。6月から文化庁の事業として、全国の小中学校を巡回する予定だったが、感染者が突出して多い首都圏から地方への移動に対する警戒心は強い。
「休校続きの学校も大変な状況で、公演をどうするか決めかねている。中止になっても、文化庁の予算でそのまま補償していただけると有り難いが」。団員への給与支払いを抱え、曽根研一参事は苦悩する。
フリーや個人事業主が多い文化・芸術分野。売れっ子のミュージシャンや俳優ならまだしも、裏方、スタッフらは手元資金に余裕があるとは言えず、仕事を続けられるか断念するかの瀬戸際に立たされている。
給付金や無利子融資、支払い猶予など「フリーでも受けられる支援メニューは増えている」と指摘するのは、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の平田麻莉代表理事だ。対象や手続きが分かりにくいという批判もあるが、経済産業省がLINEを使って情報発信するなど改善も進む。平田氏は「粘り強く情報を集め、活用してほしい」と話す。
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●全体
持続化給付金(個人事業主は最大100万円)、特別定額給付金(1人10万円)、生活福祉資金貸付制度(休業者や失業者向け)、国税や地方税などの1年間の納付猶予、住居確保給付金
●文化・芸術関連の事業者向け
・チケット寄付税制の新設
・東京都、動画制作に対して出演料として1人10万円
・横浜市、活動再開に向け準備制作などに30万~70万円
・京都市、現在の情勢で実施できる文化芸術活動に最大30万円
・愛知県、文化芸術活動の関係者に法人20万円、個人10万円
注)地方自治体の支援策は当該自治体に居住もしくは活動拠点があることなどが条件
[日本経済新聞夕刊2020年5月18日付]
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