待たせず問診、検査漏れ防ぐ ITで医師ら働き方改革
長時間勤務が常態化する医療現場の働き方改革に、人工知能(AI)などのIT(情報技術)を活用する動きが広がっている。タブレット端末に患者が自ら症状などを答え、診察の待ち時間を減らしたり、事故防止のためのチェックにロボットを使ったりする取り組みだ。2024年度に医師の残業時間規制が始まるのを控え、業務の効率化と医療の質向上を両立させる狙いがある。
「来院の理由を教えてください」「いつごろから症状がありますか」。内科外来に1日約30人の初診患者が訪れる長野中央病院(長野市)は患者にタブレットを渡し、症状など約20問の質問に回答してもらう。
従来は看護師が直接、患者から症状を聞き取り、電子カルテに記入していた。問診までの待ち時間だけで30~40分かかり、医師による診察を受けるにはさらに待ち時間が必要だった。19年7月にAI問診ツールを導入し、患者は来院後すぐに問診を受けられるようになった。高齢患者が6~7割を占めるが、事務職員がサポートすれば9割以上が問題なく操作できた。「対面で聞かれるより答えやすい」との声も寄せられた。
病院側は問診やカルテ記入の業務を効率化し、問診担当の看護師を3人から2人に削減。人手が足りない採血や点滴などの業務に回せるようになった。
導入コストは約100万円。ツールを開発したUbie(東京・中央)によると、質問は患者の年代や症状、地域などを考慮して自動生成。診察時の医師のパソコンに病状の要約のほか、AIが内容を分析し、疑われる病名も参考情報として表示する。
小島英吾副院長は「AI問診は特に初めて来院した内科患者の診察で力を発揮する」と強調する。初診時は様々な病気を想定しながら医師が質問を重ね、病名を特定していくため時間がかかる。AIの活用でこの時間を短縮することができるといい、夜間・時間外診療での導入も検討中だ。
定型作業を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を取り入れる動きも進む。東京歯科大学市川総合病院(千葉県市川市)はRPAテクノロジーズ(東京・港)のシステムを導入。造影剤を使ってコンピューター断層撮影装置(CT)検査などを受ける患者の腎機能の検査結果を自動的に確認するRPAを使う。腎機能に異常があると造影剤の使用に注意が必要なためだ。
本来、主治医が患者の腎機能に異常がないかを確認したうえでCT検査などを依頼するのが原則だが、チェック漏れの恐れもあるため、検査を担当する診療放射線技師もダブルチェックしてきた。現在は患者の腎機能検査の結果をシステムが自動抽出し、チェック漏れを防げるようになった。
診療放射線技師の嶋田佳世子氏は「これまではダブルチェックのために1日約30人分の電子カルテを確認する必要があったが、大幅に作業を削減できた。人間によるチェックミスのリスクも解消された」と話す。
大同病院(名古屋市)では抗がん剤治療を行う患者のうち、重い肝炎の危険がある肝炎ウイルス感染者については、主治医と薬剤師に注意喚起するシステムを作った。抗がん剤投与の前日時点でウイルス量検査の指示が出ていない患者を自動で抽出する。これまではカルテを1件ずつ確認し、付箋を貼るなどしていたが見落とすリスクがあった。
運営する医療法人宏潤会の宇野雄祐理事長は「見落としがないか繰り返し確認するストレスから解放され、やるべき医療に注力できる。エラーを防ぎ、質向上につなげたい」と話す。
医師にとって、特に負担感が大きいのが緊急時の呼び出し。自宅で待機し必要に応じて出勤する医師向けに、遠隔で検査情報などを共有できる独自のシステムを導入したのは南多摩病院(東京都八王子市)。自宅待機の医師が、タブレットで患者の病状や検査結果を確認できる。その場で「緊急性がない」と判断できれば、電話の指示だけで済み、出勤減少につながった。
日本脳神経外科学会はICTスタートアップのアルム(東京・渋谷)が開発した遠隔診断アプリ「Join」などを使い、医師が遠隔で相談を受けている22施設を調査。55%が脳梗塞患者を巡る緊急呼び出しが減ったと回答した。最先端の技術が浸透すれば医療現場の働き方が変わりそうだ。
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月80時間の残業条件 医師も24年度から
時間外労働の上限を月80時間までとする働き方改革関連法が2019年4月に施行された。ただ医療提供体制への影響が大きいため、医師への適用は5年猶予し、24年4月から対象となる。地域医療の維持に不可欠な病院の医師や研修医は月155時間まで時間外労働を認める特例も設けた。
特例を適用する場合も、連続勤務は28時間までで、終業から次の勤務まで9時間のインターバル(休息)を置くなどの健康確保の措置を義務付ける。特例は35年度末の廃止が目標だ。
現場の医療関係者の不安や不満は根強い。医師不足の中で長時間労働によって地域医療を担ってきた病院からは「診療体制を維持できない」との声が上がる。大学病院などの勤務医が別の病院や診療所でアルバイトをして収入を確保する慣習も影響を受ける可能性がある。アルバイトなどの副業も時間外規制の対象になるためだ。診療縮小や病院の再編が進むとの見方もある。
医師法は診療を求められた際に正当な理由なしに拒否できない「応召義務」を規定するなど医師には高度な社会的責務が期待されている。一方で労災認定される「過労死ライン」(月80時間超)の2倍近い時間外労働を認める特例には、なお不満がくすぶる。医師の労働環境を改善しながら、診療体制を守るには、地方や診療科ごとの医師偏在の解消などが求められる。
(満武里奈)
[日本経済新聞朝刊2020年4月27日付]
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