ヘーゲル、トルストイ、ドストエフスキーらの名前が日常会話の中で飛び交う時代だった。

高校1年のときに読んだ『悲劇の誕生』は衝撃の一冊です。ギリシャ悲劇の変遷を描写した本で、ギリシャ神話に登場するアポロとディオニュソスという対照的な神を念頭に「アポロ的」と「ディオニュソス的」の対概念を示しました。前者は理性、後者は非理性を象徴しています。古代ポリスの繁栄の根底にあったのは非理性であり、やがて理性が優勢になると衰退の道をたどり、衰退が極まったときに登場してきたのが、ソクラテス、プラトンらの哲学者だったというのです。

後年、シュンペーターが示した資本主義のビジョンはニーチェの認識と同じだと気づきました。シュンペーターのいうイノベーターはニーチェが提示したディオニュソス的な存在だといえます。ところが、やがて組織の官僚化が進み、資本主義はやむなく社会主義に移行すると唱えたのは、間違いなくニーチェの影響でしょう。

高校から大学に進学する前後にマルクスとエンゲルスの著作を読みふけった。

当時の高校生や大学生はこぞってマルクスを読みました。私は大学生になったばかりのとき、マルクスの『資本論』、宇野弘蔵の『経済原論』を読みました。大内力の『国家独占資本主義』も読み込み、学生が発行する冊子に書評を寄稿したほどですが、マルクス経済学に幻滅するきっかけになった本でもあります。マルクス経済学では、経済は下部構造であり、資本主義経済は行き詰まると論理的に説明していたはずなのに、同書では現在の資本主義は腐っているから倫理的に許せないという主張を展開していたからです。

経済学への興味をつないでくれた救世主はケインズでした。大内氏は資本主義が生き延びたのはケインズ政策という特効薬ができたからだと説明しました。特効薬とは何かを見極めるために『雇用・利子および貨幣の一般理論』を手に取ったのです。大学2年の秋から宇沢先生のゼミに入れてもらい、一般理論をみっちり勉強するうちに学者を志すようになりました。

読書は私にとって人生の一部といえるほど大切です。専門分野の本だけでなく、これからも様々なジャンルの本を雑食するつもりです。

(編集委員 前田裕之)

[日本経済新聞朝刊2020年4月4日付]

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