カセット人気再び ザラつく音、デジタル世代にヒット
1980年代に全盛期だったカセットテープやラジオカセット再生機(ラジカセ)が静かなブームだという。ネット配信や定額聴き放題で音楽を楽しむスタイルが広がっているのに、なぜカセットに人々はひき付けられるのか。
カセットブームの火付け役とされる東京・中目黒にあるカセットテープ専門店「waltz(ワルツ)」を訪ねた。店内は約6千本の色とりどりの音楽カセットが棚にびっしり並び、壮観な眺め。開店前で客はいなかったが「年配からラジカセを知らないはずの若い世代まで様々な人が来る」と店主の角田太郎さん。
新譜のほか、クイーンなどの年代物も多い。出所は「企業秘密」(角田さん)だが、あるところにはあるらしい。開店は2015年。初年度こそ出店経費がかさみ赤字だったが、その後は黒字が続く。以前はネット通販最大手のアマゾンで働いていた。ネット時代の逆を行ってアナログのカセットに目を付けた。
50代の記者は懐かしさがこみ上げたが、若い人はカセットを新しい音楽メディアとして新鮮に受け止めるという。中高年も「昔はレコードを買ってラジカセでカセットに録音するのが普通で、音楽カセットを買う人はまずいなかった」(角田さん)。どちらの世代にとっても、新しい音楽体験になっているようだ。
趣味が高じて店を開いた人も。フリーデザイナーの平田八荒さんは毎週土曜日、カセット専門店「NEWLD(ニュールド)」の店主に変わる。東京・墨田のアパートの一室で開店したのは16年夏。「もともとカセットが好きで多くの人に手に取って見てもらえる場所を提供したかった」
82年生まれの平田さんにとってカセットは小学生時代のメディア。90年代以降、音楽はCDやネットが主流になったが、20代後半でカセットに回帰した。「デジタル音源はクリアすぎて長時間は聞いていられない。カセットはアナログならではの温かみ、ちょっとザラついた音質がいい」
音楽カセットの市場規模を調べてみた。日本には独立系アーティストなども含めた統計はなかったが、英国では音楽売り上げの1%に満たないとはいえ、19年に8万本売れ、過去15年で最高のセールスを記録。米国も18年は前年より2割以上増えている。日本だけの現象ではないようだ。
大阪の雑貨店「LOSER」では米国西海岸のアーティストのカセットを扱う。都内で観葉植物や雑貨を販売する小川武さんはヒップホップ系の音楽カセットを目当てにLOSERに通い続ける。84年生まれの小川さんは「自分はぎりぎりカセット世代。1品1品に手作り感があり、中に入っている冊子やカバーデザインもおしゃれ」と話す。
確かにカセットは単に聴くのではなく見たり触ったりして作品を楽しめる。これは先に「復権」を果たしているアナログレコードにも通じる。
ラジカセ人気も再燃している。多くのメーカーが撤退したが、今も製造・販売する東芝ライフスタイル(川崎市)によると、新品ラジカセの市場規模は年間50万台前後。ピークの89年の10分の1以下だが「カセットテープの魅力を知った若者が新たな購買層」と、家電収集家の松崎順一さんが教えてくれた。
松崎さんが中古ラジカセの収集を始めたのは03年。5千台以上所蔵し、今夏に東急ハンズ渋谷店で中古ラジカセの販売コーナーを開く予定だ。ワルツでも「15年の開店から累計で約2000台売れた」(角田さん)。高性能な中古ラジカセが見直されている。
取材した関係者の多くがデザイン系の仕事と関わっていた。ファッションやモードとしてカセットやラジカセを再評価する人がいて、その人を起点にファンがじわじわ広がっているようだ。記者も家の物置から古いラジカセを引っ張り出したくなってきた。
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大物アーティストも関心
世界的にネット経由の音楽視聴が広がり、CDなどパッケージメディアが売れない時代だ。ネットでは1曲からの購入もできるから、アルバムとしての作品性や完成度をアピールしにくいことに不満を抱くアーティストは少なくない。
海外アーティストではマドンナやビリー・アイリッシュといった大物もカセットを出している。「ネットでは何も残らない。作品をモノとして残すためカセットというメディアが見直されている」とタワーレコード(東京・渋谷)は分析する。
(木ノ内敏久)
[NIKKEIプラス1 2020年4月4日付]
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