SFに学ぶ新型コロナとの戦い 未来予測がヒントに

感染症を扱う書籍が店頭に並ぶ(東京都千代田区の三省堂書店神保町本店)
感染症を扱う書籍が店頭に並ぶ(東京都千代田区の三省堂書店神保町本店)

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、パンデミック(世界的な流行)を扱った人文・科学書やSF小説が注目され、売れ行きが伸びている。歴史や未来予測は冷静な対処のヒントになる。

「ダークスーツの会社員や弁当をひろげている年配の女性たち、大きなトランクを通路側にはみ出させた旅行客、それら全員がしっかりと顔半分を白いもので覆っている」。今の新幹線車内かと思われる描写は、SF作家の小川一水が10年前に出した小説「天冥の標(しるべ)2」の一節だ。

小川は今年2月、同作の一連のシリーズで日本SF大賞を受賞。「2」は全10巻の第2巻に当たり、2010年代に起こったパンデミックとの戦いを描く。出版元の早川書房は3月に「防疫は、差別ではない。」「新型コロナウイルスが極度に恐れられている今、読んでほしい一冊です」と書かれた帯を付けて売り出した。まとまった注文があり、重版も決まったという。

巨大都市のもろさ

同作では、世界各地で未知の感染症が猛威を振るい、アウトブレイク(集団感染)に見舞われた東京では、巨大都市のもろさと集団心理の危うさがあらわになる。隔離と差別が大きなテーマなのが特徴で、そんな行為の行き着く先を考えるきっかけになる内容だ。「トイレットペーパーが売り切れる、医療関係者の家族が差別を受けるなど、小説に書かなかったこともたくさん起こっている。現実は常に想像を上回る」と小川は指摘する。

やはり10年前に出た高嶋哲夫の小説「首都感染」(講談社文庫)は、中国で発生した新型インフルエンザウイルスがパンデミックを引き起こす。政府は感染拡大を防ぐため、東京都心の封鎖に動く。物語の軸は移動制限による感染拡大防止。担当編集者は「パンデミックが発生したら何が起こるのか、どう対処したらよいのかを読者が冷静に判断できる」と話す。13年に文庫化し、今年2月以降に3万4千部を増刷した。

パンデミックを描いた古典として誰もが思い浮かべるのは、アルベール・カミュが1947年に発表した小説「ペスト」だろう。ペストが流行し外部と遮断されたアルジェリアのオラン市を舞台にする。邦訳は69年に新潮文庫から刊行。定期的に版を重ねてきたロングセラーが今また関心を集め、2月中旬以降6万4千部を増刷した。

19年12月末と比べて「ペスト」や殺人ウイルスによる危機を描いた小松左京のSF小説「復活の日」(角川文庫)のほか、感染症の流行をたどった歴史家ウィリアム・H・マクニールによる人文書「疫病と世界史」(中公文庫)の売り上げが、2月はそれぞれ約10倍になった(ハイブリッド型総合書店honto調べ)。

今の不安に応える

歴史上何度も発生したパンデミックに人はどう向き合い、沈静化してきたのか。医療的な処方箋だけでなく、思考的な対処のヒントを書籍から得ようとする人が増えているようだ。

岩波書店の新書編集部は、科学史家の村上陽一郎による「ペスト大流行」と、国際保健学者の山本太郎による「感染症と文明」を重版した。感染症対策専門家の押谷仁と作家の瀬名秀明の対談「パンデミックとたたかう」を電子書籍で配信している。同編集部の担当者は「今の不安に応えるために、実用書として読んでもらいたい」と話す。

ウイルスの感染拡大だけでなく、それに伴う差別やデマも大きな問題になっている。SNSなどを通じ、正しい情報と不確かな情報が混じり合って拡散し混乱が増幅する「インフォデミック」という事態も指摘されている。今、必要なのは知ること、そして考えることだろう。適切に恐れ、冷静に対処していく上で書籍から学べるものは決して小さくはない。

(桂星子、村上由樹)

[日本経済新聞夕刊2020年3月31日付]

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