極寒の大地が生んだ香りとコシ 旭川の江丹別そば
今年2月に最低気温マイナス36度を記録した厳寒地、北海道旭川市江丹別。国内のソバ収穫量の約半分を占める北海道の主産地の一つだ。地元農協はこの「江丹別そば」をブランド化し、首都圏にも出荷している。今でこそ味、収量ともに安定した評価を得ているが、その歴史はおよそ35年と意外に新しい。
「江丹別そばを広めた方です」。江丹別地区のそば店、そばの里江丹別の小林智子さんがそう話すのは、東京の老舗「上野藪そば」の店主だった鵜飼良平さんだ。壁には同店の写真と鵜飼さんが「二升五合」と揮毫(きごう)した色紙が飾られている。二升が「ますます」、五合(半升)が「繁盛」の語呂合わせ。遠く離れた店同士の絆と歴史の一端がしのばれる。
1980年代、中国など海外産のソバに押される中、鵜飼さんが会長を務める日本麺類業団体連合会は国産再興を目指した。一方、江丹別農協(現あさひかわ農協)は国の減反政策でコメに代わる作物としてソバに手応えを感じていた。思惑が一致した連合会と江丹別農協は93年、共同出資で製粉会社を設立。北海道の開拓者精神と、東京の老舗店を含む業界を挙げた支援で全国ブランドに育て上げた。
江丹別の450ヘクタールの畑で収穫したソバ全量がこの会社で製粉され、全国に出荷されている。あさひかわ農協が経営するそばの里江丹別のざるそばはソバ粉8割、つなぎ2割の二八そば。近くの工場でひいたソバ粉で、独特の香りとしっかりしたコシが空腹を満たしてくれる。
あさひかわ農協の直売店と隣接する江丹別そば処(どころ)穂の香永山店は旬の野菜や豚肉を具に使う。人気の温かいきのこ天ぷらそばはエノキ、しいたけ、マイタケ、ヒラタケの天ぷらがのり、エノキのだしが効いた濃いめの汁が深い味わいだ。店を切り盛りする水島香織さんは「家族連れが多い土日は、天丼やカレーにミニもりそばがつくセットが人気」と話す。
旭川駅に近い和食レストラン、旭川お城の鯉(こい)寿(ず)しは天守閣風の外観がユニークだ。支配人代理の篠永健一さんが「何やら怪しい商売と疑われることもある」と話す店は、父で江丹別出身の先代社長の善晴さんが開いた。にぎりずしとざるそばのそば御膳が人気だ。2階は法事のための大広間で、家族、親戚が存分にくつろげる。
旭川市の施設、江丹別若者の郷では、ひきたてのソバ粉を使い、有料でそば打ち体験ができる。北海道内の児童・生徒らが訪れ、指導員に教わり約40分間、格闘する。粉をふるう→水回し→こねる→丸めて伸ばす→四角く広げる→たたんで切る、という流れだ。指導員の武山みゆきさんは「そば粉に水をなじませる『水回し』がおいしいそばを打つ秘訣」と話す。水がしっかり入ってない部分があるとバラバラになり切れてしまう。なかなか大変な作業だが、額に汗して打ったそばの味は格別だ。
(旭川支局長 大槻亨)
[日本経済新聞夕刊2020年3月26日付]
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