1次大戦や三島由紀夫の伝説 歴史的瞬間を映画で体感
近現代史の決定的瞬間をとらえたドキュメンタリー映画の注目作が相次いでいる。遠い過去の記憶が生々しくよみがえり、いまと地続きの歴史として世代を超えて見直されている。
「青年よ、戦場へ」。ポスターには兵士を募る言葉が躍り、10代半ばの少年たちは年齢を偽って志願。短期訓練で兵士となった彼らは、折り重なった死体と猛烈な腐臭、無数の砲撃、塹壕(ざんごう)での寝起きなど苛烈な現実に直面する。
記録映像を修復
第1次世界大戦の西部戦線を描いた「彼らは生きていた」(公開中)が世界中で話題をさらっている。ファンタジー大作「ロード・オブ・ザ・リング」などで知られるピーター・ジャクソンが監督を務め、英国の帝国戦争博物館の膨大な記録映像と、英国営放送BBCが所蔵する退役軍人インタビューをもとに作り上げた。
大戦終結から100年の記念事業として2018年に製作したが、大きな反響を呼び、世界各地で劇場公開された経緯がある。驚くのは100年前とは思えない迫力の映像だ。当時の映像はモノクロで音声もない。最新技術を駆使して劣化したフィルムを修復し、バラバラだった映写スピードを現在の1秒24コマに統一。軍服などの色を丹念に調べてカラーにし、会話の内容は読唇術を使って解明し再現するこだわりようだ。ナレーションには退役軍人の証言を使っている。
地雷が爆発して土が塊になって浮き、兵士たちに襲いかかるように落下してくる様子は恐ろしいほど。一方で、つかの間の休息を楽しむ兵士の笑顔も。遠い歴史が生き生きとよみがえり、身近なものに見えてくる。祖父が第1次大戦に従軍したというジャクソン監督は「(映像に映っている人たちは)もはや不鮮明なフィルムの粒子や傷、途切れていたり速度が速すぎたりする映像の中に埋もれてはいない」と語る。
日本では19年秋から動画配信され、今年1月末から劇場公開が始まった。配給会社アンプラグドの加藤武史氏は「動画配信になじみの薄い60代以上のシニア層にも劇場で見てほしいと思った」と語る。午前中の上映にはシニア、午後になると20~30代が多く詰めかけるという。「若い世代は配信を知っていても劇場で見るべき作品と思ったようだ」と世代を超えた注目に驚く。
緊迫感ありありと
「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」(20日公開)は、1969年5月13日に東大駒場キャンパスで開かれた伝説的な討論会を伝える。学生運動が激化する中、民兵組織「楯の会」を率いる天皇主義者でスター作家の三島を論破しようと、千人を超える学生が900番教室に集まった。
当時取材したTBSが保管している映像が現場をとらえた唯一の映像と判明。豊島圭介監督が元学生や元楯の会のメンバー、作家の平野啓一郎や三島と親交のあった編集者らのインタビューを交え映画化した。
自然対人間の関係性を語る三島に「だから自然というのは分からねえんだよ、全然」と論客としてならす学生がかみつき、別の学生は「三島をぶん殴る会があるというから来たんだ」とやじを飛ばす。紫煙をくゆらす三島、いらつく学生たち。緊迫感がありありと伝わってくる。
豊島監督は「(観客が)900番教室の一人として疑似体験できる力が映像にはある」といい「SNSを使い、匿名で罵倒するような今だからこそ、相手の体温が分かるような距離で真摯に言葉を交換しあった当時を映画化する意味があると思う」と語る。
映画評論家の村山匡一郎氏は「100年前の資料映像をエンターテインメントに昇華した」と「彼らは生きていた」を評価。「三島……」を「(当時の学生と)同世代として興味深かった」とも語る。
もっとも、こうした過去の映像を2次利用してドキュメンタリーを日本で製作しようとすると、著作権が壁になる場合がままある。欧米には一定の条件を満たしていれば、著作権者から許可を得なくても再利用できる「フェアユース」という考え方がある。村山氏は「資料的価値を生かすという意味からも、フェアユースについて議論を深める必要があるのではないか」と指摘する。
(関原のり子)
[日本経済新聞夕刊2020年3月16日付]
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