近視に「眼内レンズ」、若者が注目 手術の安全性高く
強い近視を矯正する治療法の一つとして、レンズを目の中に入れる眼内コンタクトレンズ(ICL)が若い世代を中心に浸透してきた。手術で一度入れたら取り外す必要がないのが最大の特徴。まるで裸眼の視力が上がったような感覚になるという。角膜を削るレーシックより安全性が高いという報告も相次ぐ。ただ、比較的高額のほか、手元のピントが合わせにくい人もいるなど課題もわかってきた。医師とじっくりと話して選択しよう。
「知人が使い始めてICLに興味を持った」。2月中旬、聖路加国際病院(東京・中央)に相談に訪れた20代の会社経営の男性はこう話す。強度の近視で、コンタクトレンズが欠かせないが、毎日の取り外しが煩わしく、目の乾きなどが気になるという。ICLを入れるために必要な条件である角膜の細胞の量などの検査を受けた。春にも手術を受けることに決めた。
新たな近視矯正技術として生まれたICL。レンズが承認を得た2010年から約10年がたち、国内の治療件数が増えて効果もはっきりみえてきた。
ICLは、角膜の一部を3ミリメートルほど切開して水晶体に載せることで矯正するコンタクトレンズだ。おわん状の四隅に、ツメのようなものがついている。虹彩の裏と水晶体の間に収納し、安定させる。手術は、点眼麻酔で実施。角膜の一部を切開してレンズを入れるが、両眼で20~30分程度で終わる。日帰り手術で実施し、直後は見えずらいこともあるが、遅くとも翌日には見えるようになり、通常の生活ができる。当面は定期検査が必要だが、レンズの入れ替えや、点眼などの手入れは不要だ。
視力1.2以上保つ
手術後数年間の患者の調査を実施した山王病院(東京・港)などの成績では、手術後5年以降もレンズを装着した視力は平均で1.2以上に保たれた。
最近、ICLが普及している理由の一つが、安全性の高さだ。近視矯正の手術では2000年代にレーシックが急速に普及したが、角膜を削る必要がある。削り方によっては見え方が悪くなったり、ドライアイを起こしやすかったりすることがある。角膜は再生しないため、一度削るとやり直しはきかない。ICLではこうした問題は起こらない上、何か問題があったらレンズを入れ替えたり、取り除いたりもできる。
今、普及している日本で開発されたタイプのICLは真ん中に0.36ミリメートルほどの穴があいている。当初は穴がなく、角膜のなかを満たす水の循環を妨げるため、高齢になったときに、緑内障や白内障が起こりやすいとされていた。
新タイプを開発した山王病院アイセンターの清水公也センター長は、「視力は高く保持される。炎症を起こすということは今のところほとんどない」と話す。日本以外でも普及が進み、現在は77カ国で認可されている。
さらに、若年者の近視治療の一環としても注目され始めている。16年から診療を行ってきた東京医科歯科大学は19年に先端近視センターを設立し、小児や若年者の近視治療に力を入れている。大野京子センター長は「成長に伴って度が進みがちな10代はICLの使用は対象外」と指摘するが、「20~30代などの若い人は恩恵を受ける期間が長いので興味を抱きやすいのではないか」と話す。
実際、手術を受けにくるのは比較的若い世代が多いという。国内で最もICLの手術数が多い山王病院で実施した1542件のうち30代が最も多く40%。20代が31%、40代19%、50代9%と続く。
費用70万~90万円
一方、「必ずしもICLが良いとは限らない患者もいる」と聖路加病院の輿水純子医師は指摘する。多くの患者で基本的に近くから遠くまでがよく見えるようになるが、手元のごくごく細かいピントの調整はしにくくなる人もいるという。担当医は使用目的を聞き、時計の修理やネイリストなど手元の細かい作業が必要な職業の人などには注意喚起したり、挿入するレンズの度を弱めに調整したりしているという。同病院では数時間かけてカウンセリングや検査を行う。
ICLの手術は自由診療で保険適用はない自己負担額として両眼で70万~90万円台ぐらいが多いようだ。また、高齢になって発症しやすい白内障の手術によって、視力調整を再度やり直す必要が出てくる。手術を受ける年齢によっては、ICLの恩恵を受ける期間が短くなる傾向にあることも考慮に入れた上で選択するのがよさそうだ。
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医療環境、整備進む
眼内コンタクトレンズ(ICL)は実技試験などをパスした認定医しか手術できない。山王病院の清水センター長らで構成するICL研究会が、認定医同士で協力する任意団体として活動している。
認定医になるには、日本眼科学会が認定する専門医である必要がある。指定の講習会で、屈折矯正の知識や検査・手術法を習得。指導医立ち会いのもと、手術実技をクリアして認定医になれる。
同学会にある屈折矯正委員会のガイドラインを守ることも求められる。19年2月の改訂版では、ICLを使える近視の範囲が従来の強度近視のみから中程度の近視まで広がった。角膜が薄くなって形や見え方がゆがむ円すい角膜や、乱視のなかでも特殊なケースでも適用できるようになった。
適用の判断や、レンズのサイズなどで判断が難しい患者も少なくない。認定医同士でも、悩んだ場合などに助言を求め合える環境ができているという。
国内で手術ができる認定医約250人は、95施設以上の医療機関で実施している。当初は大きな病院などに限られていたが、認定医が開業した診療所で実施するケースも増加している。
(猪俣里美)
[日本経済新聞朝刊2020年3月9日付]
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