貧困・虐待… 子供の苦境、あえて映画で問う理由
貧困、虐待、育児放棄、いじめ……。子供たちの悲惨な現実を描く映画が相次ぎ公開されている。苦境に光を当てるのは、周囲の大人たちがそれに気づかない現代日本社会への危機感からだ。
中学生・洋一の父はギャンブル依存症。妻に去られ、アパートの中はゴミだらけ。給食費を払えず、ガスも電気も止まる。洋一は同級生たちにいじめられている。「ゴミオ」と罵倒され、父がデリヘルの運転手であることをからかわれる。
いじめる側の一人、稔の父は家庭内暴力を振るう。血のつながらない姉に性暴力を繰り返す。おびえる義母は無力だ。姉はデリヘルで働いて家計を支えるが、それが稔の仲間に知られる。稔は自分がいじめの標的になるのを恐れる……。
公開中の隅田靖監督「子どもたちをよろしく」が描くのは現代日本の子供たちの悲惨な現実だ。「救いがない、気がめいると言われるがその通り。そういうものを作った」と統括プロデューサーの寺脇研は語る。
元文科省官僚であり映画評論家でもある寺脇は自身が高校生だった50年前に見ていた社会派映画を作りたかったという。「1990年ごろから暗い、貧しい、ダサいと排斥され、今ではほとんどなくなった社会派。それをあえてやった」
なぜなら「子供の問題は可視化されていないから」。性暴力や家庭内暴力はもちろんのこと「子供の貧困も昔と違って見た目ではわからない」という。スマホを持っていても、ろくに食べていない子がいる。教師の家庭訪問も玄関までで、家の中はわからない。「そんな見えないものを可視化する力が映画にはある」
弱者の目線で闘う
官僚時代にもかかわった問題だが「文科省がかかわれるのは学校だけ。学校のマインドを変えることはできるが、家庭や地域に対しては無力だ」。その上で「人の心を変えることができるのは教育と芸術。大人の心を変えるのは芸術しかない」と寺脇は断言する。
監督の隅田にとっては13年ぶりの第2作。「ワルボロ」で高い評価を得たが、興行は振るわず、次回作の声はかからなかった。「助監督時代に比べ収入が激減し、3年くらい酒とギャンブルに浸った。洋一の父親みたいだった」と隅田。
その後は警備員のアルバイトで食いつなぎ、今も駅のホームで車椅子客の乗降を手伝う。勤務の傍らに脚本を書き、3年かけて制作した。「大人の生活が不安で、ギスギスした分断社会になったことを実感する」と隅田。子供たちの苦境はそんな大人社会の病の反映でもある。「弱者の目線で闘う、それこそが映画だ」
他者との関係希薄
上西雄大監督「ひとくず」(14日公開)は、児童虐待とネグレクトを描く。
食べものがなく、電気もガスも止まったアパートに置き去りにされた少女。その部屋に空き巣に入った金田。幼い頃に虐待を受けた金田は、少女を救おうとする。しかし親に愛されたことのない金田には、子供の愛し方がわからない……。
担任の教師や児童相談所の職員が手を差しのべようとしても、当の母親が拒めば何もできない。別の映画の取材で出会った精神科医に児童虐待の実態を聞かされた上西は「ショックだった。助けを呼べずに今も虐待にあっている子供がいると思うと眠れなかった」。
俳優でもある上西は自ら金田を演じながら「少女を助けられない無力さを感じた」という。64年生まれの上西の子供時代も家庭内暴力はあった。しかし「今の時代の方が怖い。親にストップをかける近所の人がいない。他人とかかわらない社会になってしまった」。
「目を背けることが虐待を広めてしまう。周囲が関心をもつことが、抑止につながる。映画がそのきっかけになればいい」と上西。
2019年夏に公開された松上元太監督「JKエレジー」は、ギャンブル依存症の父親とニートの兄に金をたかられる女子高校生が自力で道を開く物語だった。19年春公開の日向寺太郎監督「こどもしょくどう」は育児放棄された子や車中生活を送る子たちが集まる食堂を描いた。
日本の人口に占める15歳未満の子供の割合は、50年代はほぼ3人に1人だったが、今や8人に1人。「60~70代の多くは子供たちのひどい状況に気づいていない。この世代に『何とかしたい』と思ってもらいたい。ボランティアでも寄付でもいい」と寺脇は語った。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2020年3月9日付]
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