抗がん剤で免疫失った子 予防接種、2度目でも助成を
抗がん剤の影響で免疫が弱まった子どもが受け直す予防接種の助成を求める声が上がっている。予防接種は公費で助成するため自己負担はないが、再接種は想定しておらず助成の対象外となっている。再接種を独自に助成する自治体もあるが、骨髄移植など血液成分をつくる造血幹細胞の移植をした患者に限る例も多い。患者の親でつくる団体は「助成対象を広げてほしい」と求めている。
大阪府池田市の石嶋瑞穂さん(41)の長男は7歳のときに小児白血病を発症、計2年間の抗がん剤治療を受けた。回復直後に受けた検査の結果、治療前は数値が正常だった水ぼうそうの免疫がほぼなくなっていることが判明した。
医師からは「治療の影響ですぐに再接種しても抗体がつかない可能性がある」と指摘され、半年待つことにしたが3カ月後、長男は水ぼうそうを発症。夫が同じウイルスが原因の帯状疱疹(ほうしん)になり、長男に感染してしまった。長男の症状は重く、10日間の入院を余儀なくされた。
予防接種の1回あたりの費用は1万円を超えることもある。複数回接種する予防接種もあり、総額が20万円近くになる可能性がある。
石嶋さんの長男は感染によって結果として免疫は得られたとみられる。石嶋さんは「複数の免疫を失っていたら再接種の負担は大きい。費用面で再接種できず、感染して苦しむ子どもや家族もいるだろう」と心配する。
石嶋さんは自治体に働きかけるとともに2019年10月、代表を務める一般社団法人チャーミングケア(池田市)の活動として有志の医師の協力を得て、提携する医療機関で再接種した場合は自己負担がゼロになるようにした。提携していない医療機関で費用を負担した場合、大阪府と兵庫県内に限って半額を助成している。
骨髄移植など造血幹細胞移植の影響で全ての免疫を失った子どもに対して独自に助成する自治体はある。
大阪府は18年4月に市町村による助成額の半分を府が補助する制度を始めた。都道府県による市町村への補助は全国初とみられる。府の担当者によると、府内の全43市町村が費用を助成している。
だが大阪府の基準では石嶋さんの長男のように抗がん剤治療などで一部の免疫を失った子どもは対象外だ。小児がんの子どもの親から「抗がん剤治療後に免疫が消えてしまった」という声をよく聞くという石嶋さん。「再接種が必要になる子どもは一定数いるうえ、個人では費用の負担が重い。抗がん剤による治療なども助成の対象に含めてほしい」と訴える。
治療によって免疫の一部を失った子どもに対して再接種の費用を助成する自治体もある。
東京都足立区は12年度から助成を開始。原則は骨髄移植などの治療を受けた子どもが対象だが、ほかの治療の場合でも医師の判断をもとに助成している。
大阪府内でも枚方市は16年度から、がん治療に限らず「治療の影響で免疫を失った」と医師が判断した子どもについて費用を助成。14人について問い合わせがあり、うち5人は造血幹細胞移植以外の治療を受けた子どもだった。市の担当者は「1人でも多くの子どもに制度を利用してもらい、安心して生活してもらいたい」と話す。
名古屋市も18年度から助成している。対象年齢は20歳未満とする一方、治療内容は骨髄移植などに限定していない。担当者によると同年度は約20人から申請があったという。
子どもの患者の保護者らでつくる「がんの子どもを守る会」(東京)は大阪府の取り組みを受け、厚生労働相や都道府県知事に向けて、再接種の費用の助成を求める要望書を提出した。
要望書は(1)治療などで接種のタイミングを逸してしまった(2)骨髄移植など造血幹細胞移植で抗体を失った(3)抗がん剤などによって抗体を失った――ケースなどについて、再接種の費用に対する助成を国が主体となって行うよう求めた。
同会の担当者は「自治体ごとの対応は少しずつ広がってきたが、国は一律の助成の基準を示すなどの対応をしてほしい」と話している。
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助成実施、18年は89市区町村
予防接種法は集団感染の恐れがある14の疾病について、予防接種費用を公費で負担すると規定している。免疫がなくなって再接種することは想定しておらず、再接種は全額自己負担になる。厚生労働省によると、再接種の費用の全額または一部を助成している自治体数は、2018年7月1日時点で89市区町村だった。
厚労省の担当者は「その後の正確な状況は確認していないが、現在はさらに増えているはず」と推測している。
白血病などで造血幹細胞移植を受けた患者の免疫がなくなるのは、移植された細胞を攻撃しないように患者の免疫を強力に抑える処置を行うためだ。国立がん研究センターの岩田敏・感染症部長は「治療の結果、過去の予防接種で得た免疫は消えるか、働きが大きく弱まる」と説明する。
抗がん剤治療でも患者自身の免疫を攻撃してしまうなどして、同じように過去の予防接種で得た免疫が弱まることはあり得るという。ただ、岩田部長は「造血幹細胞移植と異なり、抗がん剤治療では免疫の記憶までは失われないとみられる。治療を終えると免疫が回復する子どもも多いのではないか」と指摘している。
(札内僚)
[日本経済新聞朝刊2020年3月2日付]
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