避難所生活、ゲームで疑似体験 トラブル続き頭抱える
自然災害で家にとどまれない場合、避難所で暮らすことになる。慣れない生活は大変だが、避難者が自ら運営の中心となるケースも実は多いという。そんな時どう動けばいいのだろうか。
避難所運営をゲーム形式で疑似体験できると聞き、参加した。まず静岡県が運営に関わる住民や自治体向けに開発した「避難所HUG(ハグ)」。HUGは「避難所・運営・ゲーム」の略だ。約250枚のカードを引くたび、それぞれ事情を抱えた避難者が現れたり、予想もしないトラブルが起こったりと状況が刻々と変わる。避難所に見立てた間取り図を前に、対応策をシミュレーションする。
避難所では自治体の職員が面倒をみてくれると思うかもしれない。しかし「職員だけでは無理。地元の人も力を合わせてやるしかない」。県職員時代にHUGを考案した倉野康彦さんは強調する。
日本防災士会和歌山県支部が倉野さんを招いて2月上旬に開いた体験会に参加した。HUGはもともと地震を想定したものだが、今回は内容を変えた風水害バージョン。5~6人ずつの4グループに分かれ、前提条件の説明を受ける。7月末、雨が降り続き電車は運転見合わせ。河川氾濫の危険性も高まった状況だ。
備蓄品リストや5メートル四方のマス目の上に描かれた間取り図を眺めつつ「体育館や教室に避難者が入る前に通路スペースを確保しておかないと後で動けなくなるよね」と対策を練る。いよいよスタート。ひとりがカードを引く役となり、読み上げていく。
最初は余裕。しかし悩ましい事態が頻発する。「個人情報があるので事務室や職員室は使わないで」「盲導犬を連れた夫婦はどこにいてもらう?」「預金通帳を忘れた。帰っていい?」「停電だ!」
高齢者や障害を持つ人、外国人、乳幼児が次々とやってくる。ゲームは1時間。残り時間が告げられ、気持ちは焦る。それでも「どうしよう」とつい考え込み、判断が遅れる。250枚読み終えられないグループが続出した。
終了後に迷った点を話し合う。まずはペット。「犬がやかましい」と声が挙がるイベントがあった。しかし同伴避難は今や珍しくない。「ペット連れだけの部屋をつくろう」「車に置いてもらう」と対応は割れたが、ルールは考えておくべきだった。プライバシーも話題に。「一家で車中にとどまりたい」人が出現。「避難が長引くと心配」という指摘が出たが、悩ましい。
皆で頭を抱えたのが「トイレの水が出ない」。とりあえず使用禁止にしたが、備蓄リストに簡易トイレはなし。「ビニール袋を使う即席トイレでしのぐしかなさそう」と不安の声が漏れた。「施設の使用禁止や物資到着など状況が一目で分かるようホワイトボードにまとめて掲示しよう」と倉野さんが助言。避難者も現状が分かって落ち着き、仕事の引き継ぎも容易になるという。何かと忙しく、おろそかにしてしまう点だった。
別の日には都心で帰宅困難者が職場にとどまるのを想定したゲームも体験した。東京大学大学院の広井悠准教授とSOMPOリスクマネジメントが考案した「KUG」。こちらは「帰宅困難者支援施設・運営・ゲーム」の略。災害時に一斉帰宅すると道に人があふれて危険なため考えられた。インターネットから無料でダウンロードできる。
HUG体験の時と違うのが「帰るタイミング」の判断。交通機関が復旧せず、余震や津波の情報もある。でも家族と連絡が取れず、家に戻りたいと訴える社員。「1人帰すとして他の人はなぜ認めないのか」。意見を交わすが、なかなか結論が出ない。帰り道で何かあれば、責任を問われかねない。免責の確認書を出してもらうにしても、難しい判断を迫られる。
避難所と聞くと、助けてもらう立場、受け身の感覚で物事を考えがち。運営する側の疑似体験は視点が変わり、当事者意識を持つ助けになるという。確かにそうだ。起こりうるトラブルや悩みの「引き出し」が増えるのも、いざという時に役立つ気がする。
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拠点開設、手助けグッズも
大規模災害が相次ぐなか、政府は2016年に避難所運営のガイドラインを策定。避難所でのトイレ確保、高齢者や障害を持つなど配慮が必要な人向けの福祉避難所についてもそれぞれ独立した指針をまとめた。自治体も地域の実情に合わせて運営マニュアルなどに反映させているところが目立つ。
避難所運営を手助けするグッズも多数登場している。例えば工学院大学などは帰宅困難者を一時受け入れる拠点の開設キットを開発している。「本部」「救護室」「立入禁止」の掲示や必要な手順を記したシートなどを箱にひとまとめにしたものだ。村上正浩教授は「ゲームと実動訓練で万が一の時の動き方が変わるはず。是非体験してほしい」と呼びかける。
(河野俊)
[NIKKEIプラス1 2020年2月29日付]
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