精肉店ならではの味わい フランスのタルタルステーキ
生肉を皿に円柱状に盛り付けるフランスの定番料理、タルタルステーキに面白い動きが出ている。従来はビストロなどで出される料理だったが、人気精肉店が店内にテーブルを置いて提供する例が出てきた。精肉店だけに肉の扱いがうまく、消費者にとっては高い品質の料理が食べられる魅力がある。これに刺激を受けた料理店も味に磨きをかけて競っている。
タルタルステーキは牛の赤身肉が多く、ミンチや包丁で切って細かくしたものに、塩やオリーブオイル、薬味で味を調えて提供する。韓国料理のユッケとよく似ている。
「いい肉を使って、レシピはシンプルに。それが一番味を楽しめる」。パリ西部16区で人気精肉店を営むユゴ・デノワイエさんは語る。店名は「ブシュリ・レストラン・デュゴ・デノワイエ」で、内装は完全に精肉店。店の端に十数人が食事できるスペースがある。
精肉業に約30年携わり、地方で自身の肉牛を所有している。エサや飼育環境にこだわり抜き、顧客には著名人も多く名を連ねる。子牛肉の上にキャビアをのせた一品は、驚くほど新鮮な食感だ。キャビアの塩分が肉の柔らかさと絡み合い、しつこさを全く感じない。
パリ中心部の百貨店ギャラリー・ラファイエットの地下1階にあるのが、人気精肉店「イブマリ・ルブルドネック・ラファイエットグルメ」だ。イブマリ・ルブルドネックさんは精肉店を5店持つが、2017年に開いたこの店だけが食事スペースを備える。
タルタルステーキに使う肉は10~15日程度熟成させ、より良い食感を出すために包丁で切る。飼育計画を立ててから店舗に並ぶまで約10年かかる場合もあり、「流行に左右されない高い品質を保つのが何より大事だ」と強調する。ウイスキーで味付けしたシンプルな調理法が一番人気だ。新鮮な肉の味わいに、ほのかにウイスキーの香りが混ざる。
レストランも負けていない。パリ南部の「ル・セヴェロ」ではケッパー、卵黄、エシャロット、ケチャップなどが入る。絶妙なバランスの甘さと酸味の後で、かすかにペッパーソースの辛味が感じられる。付け合わせの熱々フライドポテトと交互に口に入れると、どんどん食が進む。
肉はフランス、ドイツ、米国などから60~70キログラム単位で仕入れる。オーナーのウイリアム・ベルネさんは「草原に出て、草をたくさん食べた牛の肉が香りもいい」とこだわりを語った。客の好みも聞いて肉や味付けを変える気配りもしてくれる。
タルタルステーキの名前の由来は、中世中央アジアの騎馬民族タタール人との説が有力だ。遠征中に連れて行った馬を食べていたが、柔らかくするために切った肉を馬鞍の下に敷いて移動していた。その肉を後から細かく切って、味付けしていたという。仏テレビ「Cニュース」によると、その後欧州に渡り、卵の黄身、タマネギなどを加える調理法が定着した。
さらに肉を火を入れて食べるレシピが欧州で生まれ、現在のハンバーグの起源となったとみられている。
(パリ支局長 白石透冴)
[日本経済新聞夕刊2020年2月20日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。