依存症患者への接し方は? 必要なのは肯定する話し方
アルコールや薬物、ギャンブル依存などの問題を抱える本人を適切な治療に向かわせるには、周りの理解や支援が必要だ。ただ、うまくコミュニケーションできない悩みを抱える家族は多い。そうした家族向けに、患者に治療に向かってもらうことを目的としたプログラム「CRAFT(クラフト)」を医療機関を中心に活用する動きが広がっている。
「診察に行ってないんじゃないの?」「最近、診察どんな感じ?」。薬物やアルコールなどの依存症治療に取り組む「藍里病院」(徳島県上板町)では1月下旬、依存症者の配偶者や親などの家族約60人が集まり、2人一組で異なる声かけを試し、「どちらの言い方がいいか」を議論した。
議論の後、精神科医の吉田精次副院長は「自分がどんな気持ちになるのかを想像すると、相手にどんな言い方をしたら良いのかが見えてくる」と説明。「必要なのは肯定する話法で、指摘や叱責、説教は必要ない。なぜなら人はコントロールできないからだ」と依存症の患者との接し方のコツを伝えた。
同病院は毎月、家族勉強会を実施しており、依存症者を抱える家族のためにつくられた支援プログラム「CRAFT」を取り入れた内容にしている。
CRAFTは「コミュニティー強化と家族訓練」を意味する「Community Reinforcement And Family Training」の略称で、米国で開発され、アルコールや薬物依存のためにつくられたプログラムだったが、ギャンブル依存症やゲーム障害のほか、ひきこもり問題にも活用できる。
吉田副院長は「最も重視するのは『健康でありたい』『良い人間関係を築きたい』など動機を見つけて強化することで、そのために肯定的コミュニケーションを習得することが役立つ」と話す。
コミュニケーションでは8つのポイントがある。例えばポイントの一つ「『私』を主語にする」では、「そんなことでどうするつもりだ」ではなく、「あなたのことが気がかりなんだよ」などと声をかける。相手を否定するのでなく自分が望んでいることを伝える。
家族の状況を見ながら患者の問題行動を分析するなどしたうえで、最終的には患者に治療を受けてもらうために、治療を勧めるタイミングや言い方などを訓練する。依存症の本人と接する家族の精神面のケアも含まれている。同病院では13年から外来の家族相談に取り入れている。
依存症の患者は病気を自覚しにくく、家族が先に医療機関を訪ねるケースは多い。ところが「本人がいないと治療できない」と拒否されることもある。
同病院の臨床心理士、小西友さんは「CRAFTでは家族が依存症の患者への向き合い方を学ぶことが特徴で、病状の改善から患者が治療を受けることに結びつきやすい」と説明する。
自治体で導入するケースもある。埼玉県では精神保健福祉センターが18年から「CRAFTグループ」を無料で開催している。6回のコースで、毎回の参加者は10~20人ほどで、3分の2がひきこもり問題を抱える子供の親だという。
同グループではワークブックやロールプレーをしながら、臨床心理士などの指導のもとコミュニケーションスキルを磨く。内田雅也副センター長は「複数人で行うことで、同じような課題をかかえた家族同士で悩みを共有しあえる」と話している。
九州大病院と宮崎大などの共同研究チームは、CRAFTを応用した5日間のひきこもり者の両親向け教育支援プログラムを開発した。合計5回で2時間ずつ、傾聴や声のかけ方を学ぶほか、ロールプレーで専門家につなぐ方法を学ぶ。
ひきこもり問題は親が相談することをためらい、長期化・高齢化するケースも目立つ。九州大病院精神科の加藤隆宏医師は「うつ病などの精神疾患や発達障害と診断されることが珍しくい。早期に専門機関につなげることが急務」と指摘している。
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海外研究では7割に効果
海外の研究によると、親や配偶者がCRAFTを実施した結果、治療を拒否していた依存症者のおよそ7割が治療につながったという。依存症治療は患者が継続的に受診することが回復への近道となる。CRAFTから治療に結びついた患者の治療期間は平均で7倍になったというデータもあり、効果は大きいようだ。
治療している患者の家族が後からプログラムを受けるケースも増えてきた。
九州大病院と宮崎大などの共同研究チームは2017年に成人の引きこもりを主なターゲットとして試験調査を実施。うつ病への対応スキルや精神疾患への偏見などで大幅な改善がみられたという。今後はオンラインで受講できるコースをつくるなど改良し、医療機関や専門機関などでの導入を目指している。
(金子冴月)
[日本経済新聞夕刊2020年2月19日付]
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