アカデミー賞「パラサイト」 韓国「階級」の壁映す

東京・有楽町のTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開中(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
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韓国社会では越えられないものと、越えてはいけないとされるものがある。世界有数のIT(情報技術)先進国にあってなお残る目に見えない壁を、全員失業中の貧しい家族と、IT企業を経営する裕福な社長一家の交わりを通して描いた悲喜劇が、9日(日本時間10日)の米アカデミー賞で作品賞など4冠を獲得した映画「パラサイト 半地下の家族」である。

現地に住んだことがある人なら誰でも感じるだろう。韓国人にとって容易に越えられない「階級」の存在があることを。

韓国は巨大財閥が富を独占し、国民の平均月収(2019年7~9月期)は上位20%の富裕層が93万円に対し、下位20%の貧困世帯は13万円の「両極化(格差)」社会。人の一生は生まれた家庭によって定まる「金のさじ、銀のさじ、土(泥)のさじ」の“スプーン階級論”が浸透している。

「教育」が接点に

一般家庭では、深夜まで掛け持ちの学習塾通いから人生が始まる無限競争社会。受験地獄を耐え抜いても就職は親のコネが幅を利かせ、結婚の際も男性が住宅を用意するのが習わしだ。親のカネがずっとついて回ると、あぶれた多くの若者は不満を募らせる。

ポン・ジュノ監督

思い起こせば、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の友人で16年に逮捕された崔順実(チェ・スンシル)被告にせよ、最近の曺国(チョ・グク)前法相にせよ、最も非難を浴びたスキャンダルは自分の子どもの不正入学だった。受験という貧しい人にも平等で公正であるべき聖域にまで、特権を持ちこんだエリートへの市民の怒りだった。

17年の大統領選では、こうした社会の二極化や不公正を解消するという文在寅(ムン・ジェイン)氏の訴えが若者の心に刺さった。

この作品では、「教育」が両者をつなぐ接点になる。半地下住宅に暮らし大学入試に落ち続ける兄と、その妹が家庭教師として、高台の大豪邸に乗り込むところから物語が始まる。

1月6日付本紙夕刊で、ポン・ジュノ監督はこう話している。

「パラサイト(寄生)という言葉は否定的、軽蔑的だが、共生と言うと美しい前向きな表現になる」「普段は触れあうことのない裕福な人と貧しい人が、すれすれで行き交う奇妙な状況を設定した」

共生しているように見えながらも「におい」が両者の関係をゆがめる。日々の暮らしで体や服に染みこんだにおいは、本人の意思とは無関係に“階級社会”の隔たりを簡単に乗り越え、壁の向こう側にすっと流れこんでいく。それと同時に、心の奥底に押しこめていた差別意識や劣等感をも浮き彫りにしてしまう。

国際化の裏で

今から16年前の2004年、筆者が初めてソウルに駐在した当時は街中でまだ韓国独特のにおいを感じた。15年に再び支局長として赴任すると、大規模開発で古い街並みが姿を消しており、においも気にならなくなった。

急スピードで国際化しても、国内では正社員と非正規、大企業と中小企業、世襲による格差の固定化が進んでいた。半地下住宅に住まざるをえないような取り残された人たちのにおいが映画では格差の象徴とされている。

監督は韓国特有のディテールが外国人に理解してもらえるか心配だったようだ。だが貧富の格差が世界中に広がるなかで、映像や演出を駆使したあらゆるこだわりが国際社会から評価され、英語以外の言語で初の作品賞受賞という、映画史を変える偉業に輝いた。

韓国社会が抱える問題や韓国らしさを詰めこんだような作品だ。日本人にわかりにくい「革新政権下の韓国」を理解するためにも格好の教材になる。

(編集委員 峯岸博)

[日本経済新聞夕刊2020年2月18日付]

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