社外の人に育てられた 建設現場の「副所長」時代大成建設社長 村田誉之氏(上)

2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアム新国立競技は大成建設などのJV(共同事業体)が建設を担当した
2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアム新国立競技は大成建設などのJV(共同事業体)が建設を担当した
■入社以来建築部門に所属していた村田誉之社長は1990年、工事現場の副所長になる。

入社14年目に課長にあたる副所長になりました。最初に担当したのが都内の複合施設。オフィスと商業施設、マンションが一体となる大型開発でした。

受注高で100億円を超える現場を任されたのは大きな経験でした。名刺に「副所長」と肩書が入り、みんなが頼ってくれる。これまでにも部下を持ったり、一人で小規模な現場を任されたりしたことはありました。でも副所長になってからは現場の代表として社外にも出向くようになり、仕事のステージが変わったと感じました。

一方、上司の現場所長とは入社年次が離れており、部下は新入社員や入社数年目の若手ばかり。所長はなんでも「きみがやりなよ」と任せる人で、私が全ての業務を引き受けました。若い部下に仕事を振るわけにもいかず、終電間際まで働く忙しい日々でした。

■新しい仕事はほぼ独学で覚えた。
むらた・よしゆき 77年(昭52年)東大工卒、大成建設入社。11年執行役員、13年取締役常務執行役員。15年から現職。埼玉県出身。

発注主との定例会議や日ごろの打ち合わせ、工事を手掛ける協力会社や近隣住民との調整も担当しました。通常は所長とやりとりしながら仕事を覚えるのでしょうが、任せるばかりで仕事を教えてくれる上司や先輩はいませんでしたね。

当時、施工していたビルの設計者は非常に厳しい人だったので、図面の承認をもらうのも一苦労。試行錯誤しながら独学で工事の進め方を身につけました。

社外の人から教えられたことは多かったですね。発注主だった不動産会社の名物デベロッパーにはかわいがられました。

現場に対する思い入れが非常に強い方で、例えば、地震があると夜中でも自宅に電話がかかってくる。「現場はどうなっているか、見てきてほしい」と。ご本人も現場にもよく足を運んでいました。

■地鎮祭の意味学ぶ。

その人が地鎮祭を迎える前夜にふらっと現れました。地鎮祭で鍬(くわ)を入れる盛り砂を見て「これはちゃんと地面にくっついているのかな」という。

実はこのとき天気が悪く、砂をぬらしてはいけないということで足場用の板の上に盛り砂をしていました。しかし、地鎮祭は土地の神様に建物を建てることを報告する意味があるので、盛り砂は大地に接していなければならない、というのです。そういうことを気にする人は社内にはいませんでした。

すぐに足場用の板をはがして、盛り砂と地面が接するように直しました。現場の安全を祈願する神事だけに、本来の意味を理解して執り行う必要があるということを教えてくれたのです。

あのころ……

日本は1990年代初めのバブル崩壊から長い不況の時代に突入していく。ただ建設業は受注から竣工までに数年を要するため、90年代前半は好況が続いた。東京都庁の本庁舎や横浜ランドマークタワー、恵比寿ガーデンプレイスなど代表的な建築が相次ぎ登場する。

[日本経済新聞朝刊 2020年2月18日付]

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