クイーン伝説は終わらない 4年ぶり来日、再び進化

幅広い声域を生かしてヒット曲を歌いこなしたアダム(左)とブライアン(さいたまスーパーアリーナ)=岸田 哲平撮影
幅広い声域を生かしてヒット曲を歌いこなしたアダム(左)とブライアン(さいたまスーパーアリーナ)=岸田 哲平撮影

英ロックバンドのクイーンが4年ぶりに来日した。映画「ボヘミアン・ラプソディ」大ヒットの勢いでバンド史上最大規模の来日ツアーとなり、以前にも増して豪華なステージを繰り広げた。

クイーンが世に出ておよそ半世紀。今やロック界のレジェンドであると同時に、洋楽で最も売れている旬な存在になっている。ロックの歴史上でも異例といえる状態にある。

映画で若者支持

日本ツアーの初日、1月25日のさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)は3万人の観客で埋め尽くされた。1975年以来10回目の来日だが、大阪、名古屋を含めた3都市4公演で13万7000人の動員は過去最高という。

客席には映画を機にファンになったとおぼしき若い男女の姿も目立つ。ワールドカップ効果で観客が急増した最近のラグビー会場の光景によく似ている。

迫力あるドラムとパワフルな歌声を聴かせたロジャー=岸田 哲平撮影

会場が暗転し、初期のライブの定番曲「ナウ・アイム・ヒア」が始まった。まばゆい光の中にギタリストのブライアン・メイ(72)のシルエットが浮かび、ロジャー・テイラー(70)のドラムが聞こえると、女性ファンの悲鳴にも似た声援が場内に響き渡った。

「ナウ・アイム・ヒア! トーキョー」。91年に45歳で亡くなったフレディ・マーキュリーに代わってボーカルを務める米ポップス歌手アダム・ランバート(38)が叫ぶ。ゴージャスなステージが幕を開けた。

筆者は70~80年代に日本武道館や西武球場でクイーンを見ている。当時から派手な照明やセットを駆使していたが、この日の方がはるかに豪華だ。テイラー・スウィフトやケイティ・ペリーといった現役ポップスターの公演のようだ。

「輝ける7つの海」「炎のロックン・ロール」と初期の曲を畳みかけ、ハードロック調の「ハマー・トゥ・フォール」へと続く。

90年代末にはベースのジョン・ディーコン(68)が引退し、バンドはしばらく休止状態にあった。ブライアンとロジャーがクイーンとして活動を再開し、ボーカルにポール・ロジャース(70)を迎えて来日したのは2005年のことだ。

ポールはブルースに根ざした百戦錬磨の歌い手で、特にロック調の曲が似合っていた。一方、アダムは歌唱力には定評があるが、ハードな曲ではやや線の細さを感じさせる。

しかし彼がボーカルを務めるのは14年、16年の来日に続いて3度目。起用され続ける理由は「ドント・ストップ・ミー・ナウ」などのポップな曲を聴けばすぐに分かる。線の細さを補って余りあるほど、伸びやかな高音を聴かせるのだ。

フレディに肉薄

「キラー・クイーン」のようなアクの強いポップスでは、彼の個性がさらに生きる。男女の境を超越した妖艶なムードを醸し出し、赤い扇子をひらひらさせながら見事に歌い上げた。芝居がかった歌い方はフレディの持ち味だったが、アダムはそれに肉薄している。

「一緒に歌ってください」。ブライアンが観客に日本語で語りかけ、自ら「手をとりあって」を歌い始めた。さらに「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」と続く。いつもなら大合唱になる場面だが、歌っている観客は半数足らずといった印象だった。盛り上がらなかったのではなく、この演出に慣れていない新しいファンが多かった証拠だろう。

スクリーンに映るブライアンの隣に、いきなり生前のフレディが登場して続きを歌い始めた。意表を突く演出で観客の涙腺が崩壊したようで、ハンカチを取り出す姿が多く見られた。

凝った映像が最も効果を上げたのは、ブライアンのギターソロの場面だった。宇宙空間を漂う小惑星に1人立ってギターを弾いている。時折、流星が通り過ぎる。天文学者でもある彼にふさわしい演出だった。

近年はフレディの不在がどうしても気になり、感傷的になるシーンも多かったが、この日は吹っ切れた感があった。映画のヒットに後押しされ、再び最前線に躍り出た勢いが懐古ムードを一掃したかのように。

クイーンの伝説は完結していなかった。まだしばらく更新されていきそうだ。

(編集委員 吉田俊宏)

[日本経済新聞夕刊2020年2月10日付]

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