日韓「慰安婦」だけでない 欧州も歴史認識に深い亀裂北海道大学教授 長谷川貴彦

国家ではなく市民レベルで歴史を認識し、語る重要性が増している=イラスト・よしおか じゅんいち
国家ではなく市民レベルで歴史を認識し、語る重要性が増している=イラスト・よしおか じゅんいち

「歴史認識」をめぐる問題の現在(いま)を考えてみよう。大沼保昭著『「歴史認識」とは何か』(2015年・中公新書)によれば、「『歴史認識』ということばは、一九九〇年代から韓国でよく使われるようになり、日本でもそれにすこし遅れて盛んに使われるようになった」という。

慰安婦問題、南京事件、靖国参拝に代表される歴史認識の問題は、東アジアにおけるナショナリズムの相克として、国家的・国民的利害の衝突の場としてとらえられてきたことは、よく知られているところだろう。大沼の書は、慰安婦問題を中心としながらも、著者自身も関わってきた日本の戦後補償をめぐる取り組みをバランスよくまとめており、問題の解決に向け将来にわたり指針となるべき手本が示されている。

高まる市民の欲求

歴史認識をめぐる問題は、東アジアに限定されたものではない。橋本伸也著『記憶の政治』(16年・岩波書店)は、ポスト冷戦期の中東欧やバルト地域の諸国を舞台に過去の記憶と歴史認識が政治的に利用されている様子を活写している。ソ連の影響から離脱した国では、社会主義時代と異なる国民史の構築が政治的課題となり、冷戦時代に凍結されていた戦争やスターリン主義による悲劇的体験の記憶が解凍されて一気に噴き出し、犠牲者としての自己認識による国民的アイデンティティ(犠牲者ナショナリズム)が強化されていく。

またロシアでは、第2次世界大戦の勝利をファシズムからの解放とする歴史観が、プーチン政権のもとで最大限利用されている。記念碑撤去、人道に対する罪の裁判、記念式典や記念日の制定など、歴史や記憶をめぐる紛争をグローバルな文脈に位置付けて大胆に解釈する点には、目が覚める思いだ。

広く世界をみれば、政治家は歴史的事実について虚言を呈し、ホロコーストの否認が論争を呼び、記念碑や歴史教科書をめぐって大きく見解が分かれ、地球規模で「真実と和解のための調査委員会」が設立されるように、歴史の真実についての深い懸念が示されている。しかし歴史認識をめぐる問題は、紛争や懸念といったネガティヴなものにとどまらない。現代は歴史に対する市民の欲求が、かつてないほどに大きくなっているからだ。

回想録や自伝はベストセラーのリストに載せられ、最も成功を収める映画、テレビドラマ・シリーズ、ビデオゲームのいくつかは、過去に例を取っている。歴史博物館や歴史遺産の増加が示しているように、世は歴史ブームのなかにある。岡本充弘著『過去と歴史』(18年・御茶の水書房)は、こうした歴史認識の変貌にかかわる諸論点を世界規模で理論的にマッピングしたものだが、「国家」を通じて歴史が構築され、それがさまざまな問題を生み出してきた「近代」との決別を説き、それに代わって「個人」を主体として歴史を語る重要性を指摘している。

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