耳鳴り、原因知って治そう 補聴器での訓練が有効
キーンという金属音、ジーというセミの鳴き声……。耳鳴りに悩んでいる人は少なくない。多くの場合、聴力が低下して脳が過度に聞き取ろうとして発生するという仕組みが分かってきた。補聴器を使って大きめの音を耳に入れ、脳を慣らしなだめる療法が有効として注目されている。
「耳鳴りがして困っていることはなんですか」。済生会宇都宮病院(宇都宮市)の耳鼻咽喉科主任診療科長、新田清一医師が耳鳴りの診察を始める際の問診でかならずかける言葉だ。耳鳴りによる患者の「心理的な苦痛」と「生活の支障」を聞き取った上で、耳鳴りが発生するメカニズムについてしっかり解説する。
耳鳴りで悩む患者の多くは聴力が低下しているという。音は内耳にある蝸牛(かぎゅう)という器官で電気信号に変換されて脳に伝わることで初めて「音」として伝わる。聴力が低下し、聞こえにくい音域を聞こうと脳が過度に興奮することで、耳鳴りが発生する。
「多くの患者は、本来は聞こえていない音である耳鳴りが、なぜ起こっているかということが不安で病院に来ている」と新田医師は言う。耳鳴りを発生させる脳の仕組みを知ってもらい不安を和らげる。半数以上の患者は「心配していたほど重大な病気ではない」と分かることで、耳鳴りが気にならなくなるという。
ただ、耳鳴りの原因には、耳あかのつまり、中耳炎、高血圧、メニエール病、大きな音を聞き続けるなど他にもある。そうした原因が特定できるものは、根本の治療や対処を進める。
原因の多くを占める聴力低下については、耳鳴りの仕組みを知ってもなお苦痛が残る人を対象に「難聴」を前提にした治療を進める。「耳鳴りと難聴は表と裏の関係。聞き取りがよくなれば、耳鳴りもよくなる」と新田医師は話す。無理に聞こうとして脳が興奮することを防ぐことができる。
治療は、補聴器を使った脳のトレーニングとなる。済生会宇都宮病院では、当初は機器を貸し出して治療を行う。特徴は、起きている間は常時補聴器を装用し3カ月続けること。最初は多少、うるさいと感じるくらいの音を入れ、1週間間隔でこまめに調整しながら、徐々に脳を慣らすことが重要だという。
家庭でもラジオや滝の流れる音などの音源を流すことで、耳鳴りの音が際立つのを防ぐことはできる。「耳鳴りをなくすのではなく、あっても気にならない、あってもいいという状態にするのがゴール」だ。
「耳鳴りのメカニズムをきちんと説明してくれたことでなるほどなと、気分が落ち着いた」。新田医師の治療を受けた茨城県日立市の滑川浩さん(73)は話す。右耳で「キーン」という音が鳴るようになったのが50代後半。左耳にも感じるようになって、耳鼻咽喉科に通ったり、マッサージ、サプリメントなども試したが改善せず、精神的にもめいっていたところだった。
補聴器を使ったトレーニングの効果は劇的だったという。初日に耳鳴りを意識しないようになった。今でも就寝するときに補聴器を外すと耳鳴りが聞こえることがあるが、「明日の朝つければいいだけと思うと安心できる」と話す。
「老化現象だからしかたがない」「あきらめるしかない」などといわれてきた耳鳴りだが、脳の興奮状態を取り除く難聴の治療などで「対処は可能になっている」と新田医師は言う。
ただ、耳鳴りの患者のなかにはうつ病を発症している人も多い。その際は、心療内科や精神神経科でのうつ病の治療と並行して耳鳴りの治療を進めることが必要となる。
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ガイドラインの活用を
人口の15~20%が「感じたことがある」とされる耳鳴り。そのうちの5人に1人が、耳鳴りに苦痛を感じて医療機関を訪れるという。その診療の「指針」として、日本聴覚医学会は2019年に「耳鳴診療ガイドライン」を発刊した。
耳鼻咽喉科のみならず精神科などの専門家が3年をかけて1300以上の論文を検証し、「どのような診断法、治療法が推奨できるかという診療の道筋を示した」。とりまとめ役となった慶応大医学部の小川郁教授は説明する。
ガイドラインでは、耳鳴りの苦痛、日常生活への支障や不安などを点数化して客観的に測るための「質問シート」の活用を示した。また、効果的な治療として耳鳴り患者の9割以上に見られる難聴の改善のための補聴器などを使った「音響療法」と、カウンセリングを行いながら耳鳴りについての不安などを取り除く「認知行動療法」をあげた。
ガイドラインによって診療のベースができたことで、「患者側も納得するのでは」と小川教授。同学会は、耳鼻咽喉科の医師を対象としたカウンセリングの教育なども開始している。
(伊藤新時)
[日本経済新聞夕刊2020年2月5日付]
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